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2008年03月31日

●白川静 3

祭祀 白川.jpg


積小為大というが、まさに白川氏の仕事振りは、それだ。
パソコンなどには、全く縁がない。
コツコツとコツコツと甲骨文をペンでトレースして何万枚と積み上げる。
そのアナログの権化の如き姿勢が、遂に大なる仕事を為した。

嘗ての論文を、再びと自分で書き直して清書する。
助手にでも任せてパソコンに打ち込めば良いものを、と誰もが思うであろう。
しかし、そこが違う。
その手で書くことの記憶や直覚が、脳髄に伝わり、
ある特殊な回路が形成されるのであろうか。
そこには、効率や合理という能率主義がない。

今日盛大をなすユダヤ民族の頭脳は、
子供の時、暗誦させられたタルムード・トーラー(旧約聖書)にあるという。
現在、印度のIT経済躍進は、2桁の九九の暗算によるとも言われている。
あの明治維新の大革新やその後の欧米化の大躍進は、漢文の素読暗記にあったという。

ここに、不思議な一致を見る。
決して最初から難しい問題の解法ではなく、基礎の徹底であった。
数学者・首藤氏も語っていたが、自分は小さい頃から毎日、計算練習の積み重ねをして来た。
それが、今までの閃きに繋がった、と。

白川氏の終生変わらぬ、手書きの追及は、
今日機械的に打ち込むパソコンから、
真に創造的なものが生まれるのであろうか。

今、字は手書きを離れ、キーボードに叩く無機的な対象となりつつある。
そこに、温もりのある字の歴史の背景など思いも及ばない。
漢字の復古と共に、手書きの復権も叫ばねばならないのかもしれない。

白川氏は、また孔子像にも新たな卓見を示した。
彼は、巫女の私生児で祭祀集団の長であったというのだ。
祭礼に甚だこだわり、詳しいというのも頷ける。
私も古琴によって、孔子の禮樂思想を学んだが、
禮樂、何れに偏っても、道に非ざるを知った。

あの空海もまた、その一族が丹生(水銀)探査発掘で、
全国各地を渡り歩いた集団であった。
東北を発祥とする山の民であるらしい。
ために、山岳に詳しく、遂に高野山に宗廟を開いた。

何千年にも亘って孔子像も美化されて聖人君子に奉られたが、
一挙に生々しい孔子の実像が炙り出されて、
論語の一言一言が逆に、活き活きと語り掛けてくるのは不思議だ。

同じように、文字もその成り立ちを教えられて、
その歴史が急に身近に迫ってくる思いは私ばかりではなかろう。
今日、文字学を根底から覆し、
漢字の宇宙観を伝え、新風を吹き込んだ白川氏の業績は、
永く人々の心に刻み留まることであろう。

まさに現代の巨人であった。

コメント

珍しく(ゴメンナサイ)何度読んでも飽きないブログ
読めば読むほど、
聞けば聞くほど引き込まれる
本当に不思議な世界ですね。

かつて、大和ことばを夢中で調べた事があったのですが、
大和ことばの世界は
入れば入るほど、意識が中心向かって行く感じで、
知識として知る喜びはありましたが、ただそれだけで、まるで、左脳の世界でした。
これは、ぐいぐいと引き込まれていくのに、意識は外へ外へと向かっていく不思議な感覚になります。
まるで、時空を越えて過去から未来に向かっているような感覚に陥ります。
本当に不思議な感覚です。
そして
なんと魅力的な世界なんでしょう。
第3弾嬉しい!!!

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