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2008年04月15日

●介護と100歳人生

一昨日は、八百屋の総会で、同年代の仲間で、
飲んでいる内に、何時しか親の介護問題に、
話が終始してしまった。

開店当初から懇意にしている相馬さんの奥さまは、
ご主人の両親と自分の母親、
三人を一緒に一軒家で看ていると言う。

もうそれは、大変を通り越して、
自分も含めて死にそうなのである。

そう言うと、若い藤田君は、
「いや、今は子供でも親を看たくなくて、
病院や施設に預けっ放し。
それで、赤の他人の看護婦さんに懇ろに介護されて、
最期は、感謝して、自分の全通帳を預けてしまうらしい」
遺すものは無いとなれば、最後に面倒見てくれた人に
くれてやってもいい、という心境になるのだろう。

「看護婦さんのボーナスは100万円もあるというが、
お金貰っても、他人の下の世話は出来ないよー」と、
みんな口を揃えて言った。

佐藤さんは、
「自分の母親が、下を垂れ流しにしている姿を見ると、
母親って、こんな人だったのか、と思って愕然としたー」
と、辛そうな顔して、夫婦で外に出れない日常を訴えていた。

こんな身近な数人の仲間でも、
皆同じような問題を抱えていることに、
国全体が抱えている高齢化の苦悩を間近に見た思いだ。

自分は、次男で親と同居していないが、
何れ自分が、介護せられる立場になるのか、
と思った時、何か暗澹たる気分になってしまった。

子供達に迷惑を掛けずに、
スッパと死ねれば、どんなにかいいのだろう、と考えてみた。
しかし、誰もが、そうはいかないだろう。
長患いで、止むを得ず床に伏す老人は、
病院の床が間に合わないほど膨れ上がっている。

日野原重明.jpg

そこで思い出だすのは、お医者さんで、
聖路加国際病院名誉院長・同理事長の日野原重明先生。
97歳で矍鑠として現役で活躍されている。

そして、しいのみ学園の園長・f地三郎先生は、
今年102歳の世界最長老の現役教育学者。
60歳を越えて韓国語を、
96歳から中国語を学んで現地で講義し、
今度は三年連続の世界一周講演旅行をされた。
という驚くべき人生の大先輩が現にいらっしゃる事に、
反省と希望を見出す。

昇地三郎.jpg


人生、今でも全然遅くない!!
何時でもやり直せるぞ!!
そう思えば、耄碌などしていられないではないか。
今日一日を元気溌剌と生き続けたいものだ。

長寿のヒントを昇地先生から教えて頂く。

100歳児「長寿十訓」私の習慣   
    
@冷水摩擦 :7時起床・寝汗をきれいにふき取る・60年続けている
A棒体操: 障害児の運動として50年前に考案
B外国語講座を聞く: 63歳の時に韓国語を95歳から中国語を
C一口30回かむ: 元気の根源・虚弱児だった私に母親が習慣付けた
D口八丁手八丁足八丁: 良くしゃべり、手まめで、足で稼ぐ
E新聞をよく読む: 先ずは新聞を読め・・テレビ情報は補完程度
F返事は直ぐ書く:其の日の内に返事を書く、書簡集(住所録)を必ず書く
G日記をつける:数行で良い・最近までハングルで、今は中国語で
H洗濯は毎日自分でする: 風呂上りに残り湯を洗面器で洗濯機に入れて洗う
I硬いマットに寝る:上を向き大の字になって熟睡する、お勧めのマットあり

昇地三郎.jpg 2.jpg
(昇地三郎著『ただいま100歳−今からでも遅くはない−』致知出版社)

その中でも、Cの30回咀嚼の習慣を母親からつけられて、
虚弱体質が甦って、100歳を越えるまでになった、と。
早食いの私には、耳が痛い話だ。
これを実行しただけで、寿命が延び、
頭が明晰に、健康で何事にも楽しんで出来るという。
これが、人生の秘訣かもしれない。

今日から、みなさん
100歳現役人生を目指して
楽しく生きましょう!!!


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