●飛天龍
今日から佐々木君が居ない。
昨日で、彼が退社した。
親御さんの跡継ぎの為の見習い実習であったが、
居なくなると寂しいものだ。
火の消えた感じもする。
彼独特の雰囲気とパワーがあって、店を盛り立ててくれた。
たった1年ちょっとの間だったが、彼に言わせると
「6,7年も居たような気がする」とのように、
内容の濃い一年で、
まほろばの空気に馴染んで、皆とも溶け込み大活躍した。
(実際、長年ご家族してまほろばの大のお客様)
小さい時からスキーを学び、
長じてプロスキーヤーとして海外にも遠征して鍛えた経験が、
仕事に対する姿勢に見られた。
朝5時から出勤して、猛烈な勢いで体を動かして終日晩くまで働きづめる。
6時前から、まほろばの店前は旗が靡いて威勢が良い。
掃除は隅から隅まで掃いて、器械のブラシをかけて床を磨き上げ、
外も箒で丹念に掃き清める。
野菜の在庫の無い物を、次から次へと
詰め物をして揃えて行く。
配達の時間が極めて早目に終えるようになったのは、
彼の早朝からの準備があったためだ。
「一二三糖」作りは染谷さんから彼にバトンタッチされたが、
彼の研究心は旺盛で熱心だ。
細かく少ない糖類のダマになり易い物を、いかに均等にキレイに混ぜるか、
チタンのミキサーで細粒に均一化したり、冷凍して瞬間に混ぜ込んだり・・・・。
それで、跳躍的に素晴らしい一二三糖の仕上がりとなった。
商品の発注もきめ細かく、どういう頻度で、どの程度の数量が適切か、
わずか数回の経験で、自ら飲み込んだ。
何年経っても、過不足の発注ミスが多いものだが、
彼は、適正在庫、適正回転、適正入庫を心得て、
常に鮮度の良いもの、品質管理には厳しい目を持っている。
全体を見て、今何を為し、何処から手を付けて行くべきか、が分かっている。
人に使われている感覚では、そこが中々理解出来ない。
何時も、彼は「お客様のために・・・」と言うのが口癖だ。
いわゆる労使関係がない。
使う者、使われる者の上下意識がなくて、
何時も経営者側、何時もお客様の立場に同時に立って物事を見ている。
対立がないから、物事の本質がよく見えるのだ。
ここが、とても重要な点だ。
そして、何より食べ物が大好き!という事だ。
「好きこそ物の上手なれ」と言うことがあるが、
好きな食べ物の商売が出来ることは、
何より幸せ!!!という幸福感が、仕事への意欲となり、
発展向上への原動力ともなるのだ。
彼は、本当に美味しい物に眼がない。
傍目で見ていても、その生きる真剣さは頼もしい限りだ。
おそらく、プロとして生き抜く厳しさ、自己管理の徹底、
周囲の空気を読む観察眼、様々な条件変化に対応する状況判断。
この青年期に経験した身に付いた動きが、
商売に対しても、俊敏に同じ働きをするのだろう。
最後、彼は本当にうれしそうに、輝いた顔でまほろばを去っていった。
「今、本当に幸せです!!」と。
一つの仕事をやり終えた彼は、満足感で一杯だった。
同期のゆかりちゃん、後輩の渡辺匠君、新人の小原大輔君に
教えるにも、懇切丁寧に熱心で寛大だ。
自分の去った後も、それ以上の仕事が出来るようにと、
心砕いて面倒を見ている。
まほろばとしては、逸材を失うが、
お父さまにとって掛け替えのない息子が一層磨きをかけて帰って来てくれた事を
共に歓びたいと思うのだ。
思うに佐々木君には、私はおそらく一言も何かを教えた覚えがないのだ。
その自主自立の気概が、何事も吸収しておかなかった。
彼は中央区に住んで、まほろばに近い。
これからも頻繁に来ます、と言って今日も来ていった。
明日も来る、と明るく言っている。
彼も、何時までもまほろばのファンであり、
まほろばも彼との付き合いも終ることなく続くであろう。
彼も早くかわいいお嫁さんを貰って、ご両親を喜ばせて欲しい。
彼なら、素晴らしい店を継いで、大きく発展するであろう。
その一助にまほろばがなっていたら、これ以上の歓びはない。
龍が天に舞い昇る如く、いざ登らん!
(昨夜、佐々木君が帰る30分前に、茶間さんに、ケーキ作って!と言う難題に、果然として答え、何もない所から30分間で、見事なしかも素晴らしく美味しいケーキを作ってしまった!
これには、みんな唖然として舌を巻き、舌が歓びに悦んだ。まほろばの連中はスゴイ奴らばかりだ)