●インターンシップ(職場体験)
昨今の青少年の無気力・無感動・・・・
と、日本の明日を憂う諸氏が多い。
国力が衰微してから久しい。
逆に、アジア諸国の若者の目覚しい躍進が際立って来た。
中国、インド、韓国の青年の培われた国際性が開かれた未来を予告する。
しかし、今回、本店の渡辺匠君が企画し、酪農学園大の後輩2人が、
インターンシップ(職場体験)で農園と店の仕事を5日間、学び修めたことで、
私は、大いに今の青年に希望の光を見出すことが出来た。
その詳しい彼らの報告はHP上でアップしたい。
共に農業経済科・国際経済学研究室で学ぶ彼ら。
瀬戸宏一君は、実家が十勝の豆生産農家で跡継ぎ。
鈴木陽介君は、新函館JAの職員として来年から勤める。
共に、食糧基地としての北海道に託された明日の担い手でもある。
5日間共に仕事をして、
その素直さ、純粋さ、その熱心さには、吃驚してしまった。
打てば響くような感受性の豊かさ。
斬れば吹き出るような意欲の激しさ。
若いということは素晴らしい。
この特権のある内に、何でも吸収して身につけて欲しい。
鉄は熱い内に打てというが、本当にそうだ。
何事にも時期というものがある。
世阿弥は「時分の花」と呼んだが、その歳その歳でないと
身に付かない、学べないことがある。
後年では、学成り難いのだ。
昔、中国人の師に常々言われたものである。
「・・・・・憤せざれば啓せず、悱せざれば發せず。・・・」
これは孔子の名訓である。
つまり、自分で積極的に、前向きに、
何でも見てやろう、聞いてやろう、試してやろう、
といった者でないと、何でも教えられない、というのだ。
一一手取り足取りしてやって教えなければならないのは、
見込みがないのだ。
それを、上司が教えてくれなかった、と恨むべきではない。
自ら発して、自ら勤める。
工夫し、努力し、反省する。
これは、我々大人にも言える人生の常道でもあるが、
何時まで経っても、中々出来ない。
そういう意味では、お互い学び、磨き合う仲でもある。
それは、歳の上下は関係がない。
孔子は、三十そこそこの弟子・顔淵が早世した時、
「ああ、天我を滅ぼせり」とまで慟哭した。
親以上の歳の孔子をして、そこまで言わせしめた顔回は
「一を聞きて十を知る者」、出来た好青年だった。
その顔回は、
「一箪の食、一瓢の飲、陋巷に在り」と言って
食うものもない極貧の町中で、道を求めて楽しんだという。
何事も、仕事は楽しむ者には叶わない。
好きこそ物の上手なれということがある。
いやいやながら、生活上どうしても・・・・・・・・などなどの理屈付けでは
伸びないし、物にならない。
仕事も好きで好きでしようがない、という所まで行かないと
見えてこないものがある。
何時の時代にも言えることかもしれないが、
自分の仕事に惚れ込むことが、
大成への第一の鍵であり、答えであると信じる。
(左:瀬戸君、中:鈴木君、右:渡辺君・・・みな明日のホープである)