●「凡日亭」30周年記念
自然食の居酒屋『凡日亭』さんが、
この11月、30周年を迎えた。
思えば、感慨深い。
25年前、アパートの一室から「まほろば」が産声を上げた。
それは12月の初め、今頃の事だ。
外はシンシンと雪が降り頻り、一面真っ白な前と
真っ黒な夜空しかない中を、一人自転車をこぐ。
その荷台には、一斗ガンガン(缶)に、豆腐が入っている。
「厚田の豆腐」と呼ばれる、当時なかなか入手出来ない幻の豆腐だった。
それを、厚田へ吹雪の中、車やバイクで、
3時間往復かけて取りに行く今野清美さん。
「凡日亭」のご主人だ。
やっとの思いで取りに行ったその豆腐を、
私もやっとの思いでその一丁を家々に届けるのだ。
雪降る中、余りの寒さで、自転車のタイヤが回らなくなる。
金属の芯の部分が凍り付いて空回りするのだ。
届ける家の方に頼んで、やかんのお湯を戴く。
そのお湯をそこにかけて溶かす。
またタイヤが動き出すが、次の家に着く頃は、また空回り。
また、お願いしてお湯を戴く。
そんな繰り返しで、やっと配り終える頃、
町は降り頻る雪の白一色で静まり返っていた。
あれから、互いに歳を取ってしまったが、
支え合って生きて来たのかも知れない。
今野さんは、奥様と今もなお店に出ては、
馴染みのお客様と話の花を咲かせる。
まほろばのお客様にもファンが多い。
春秋の山菜の季節には、自ら野山の穴場を
駆け回った自然の恵みを天ぷらにして舌鼓を打つ。
自らロクロを回した器を出しては振舞う。
魚は、浜に行き港に通って仕入れる。
水はエリクサーを使い、醤油はヤマヒサさんだ。
今は、厚田には通わず、
自家製豆腐を勧めてくれる。
これも苦節10年、絶品に仕上がった。
コクはあるが、扱いが難しい
あのモンゴルのJAS小大豆を使いこなしている。
そんな努力の人、誠実な男に惚れて、
今夜も馴染み客が、暖簾をくぐる。
そこで、人生の憂さも喜びも
浄化され、練られて行くのだろう。
そこは、癒しの場であり、
明日への英気を養う
ふるさとの家だったのだ。
(30周年を記念して、日の丸さんの『30粒』の酒と共に)