●命と原子力共存できぬ
〜 3・11からの再生 〜
生命科学者 柳澤桂子
これまで命や環境に関する本を50冊余り出しました。
そろそろ執筆がつらくなり、人生最後の本のつもりで、
地球温暖化と原子力発電の恐ろしさについて書きました。
その原稿を仕上げて整理をしていた3月11日、
福島第一原発事故が起きてしまいました。
最初に強調したいのは、
わたしたち生物と原子力は、共存できないということです。
生物は40億年前に誕生し、
DNAを子どもに受け渡しながら進化してきました。
DNAは細胞の中にある細い糸のような分子で、
生物の体を作る情報が書かれています。
わたしたちヒトの細胞は、
DNAを通じて40億年分の情報を受け継いでいます。
DNAは通常、規則正しくぐるぐる巻.きになって短くなり、
染色体という状態になっています。
生物の生存は誕生以来、宇宙から降り注ぐ
放射線と紫外線との闘いでした。
放射線も紫外線もDNAを切ったり傷をつけたりして、
体を作る情報を乱してしまうからです。
一方、細胞にはDNAについた傷を治す
「修復酵素」が備わっています。
ヒトの修復酵素は機械のように複雑な働きをします。
しかし、大量の放射線にさらされると、酵素でも傷を修復できず、
死に至ることがあります。
ヒトが短時間に全身に放射能を浴びたときの致死量は
6シーベルトとされ、短時間に1シーベルト以上浴びると、
吐き気、だるさ、血液の異常などの症状が表れます。
こうした放射線障害を急性障箸といいます。
しかし0.25シーベルト以下だと、
目に見える変化は表れず、血液の急性の変化も見られません。
ところが、そうした場合でも細胞を顕微鏡で調べてみると、
染色体が切れたり、異常にくっついたりしていることがあります。
また、顕微鏡で見ても分からないような傷がつき、その結果、
細胞が分裂停止命令を無視して、分裂が止まらなくなることがあります。
それが細胞のがん化です。
がんは、急性障害がなくても、ずっと低い線量で発症する可能性があるのです。
しかも、がんは、進行して見えるようにならないと検出できませんから、
発見まで5年、10年と長い時問がかかります。
いま日本人の2人に1人ががんにかかり、
3人に1人ががんで亡くなります。
なぜこんなに多いのか。
わたしは、アメリカの核実験やチェルノブイリ原発事故などで
飛散した放射性物質が一因ではないかと疑っていますが、
本当にそうなのかそうでないかは、分かりません。
この分からないということが怖いのです。
さらに、放射線の影響は、細胞が分裂している時ほど
受けやすいことも指摘しておかなければなりません。
ぐるぐる巻きになっているDNAは、
細胞分裂の時にほどけて、正確なコピーを作ります。
糸を切る場合、ぐるぐる巻きの糸より、
ほどげた細い糸の方が切れやすいでしょう?
胎児や子どもにとって放射能が怖いのは、
大人よりも細胞分裂がずっと活発で、
DNAが糸の状態になっている時間が長いためです。
わたしは研究者時代、先天性異常を研究し、
放射線をマウスにあてて異常個体をつくっていたので、
放射能の危険性はよく知っていました。
1986年、チェルノブイリ原発事故が起きた時、
わたしはいったい誰が悪いのだろうと考えました。
原子力を発見した科学者か。
原子力発電所を考案した人か。
それを使おうとした電力会社か。
それを許可した国なのか。
いろいろ考えて、実はわたしが一番悪いのだと気付きました。
放射能の怖さを知っていたのに、何もしていなかった。
そこで
88年、生物にとって放射能がいかに恐ろしいかを訴えるため、
「いのちと放射能」(ちくま文塵)を書きました。
原発がなせダメなのか。
第一に、事故の起こらない原発はないからです。
安全性をもっと高めればよいという人がいますが、
日本の原発も絶対に事故は起こらないといわれていました。
福島の事故で身にしみたはずです。
第二に、高レベル放射性廃棄物を子孫に押しつけているからです。
処理方法も分からない放射能のごみを残して、この世を去る。
とても恥ずかしいことです。
10年もしたら、みんな福島のことを忘れてしまうのではないかと心配です。
原発がないと困る人はたくさんいます。
政治家は電力会社から献金を受け、
テレビ局や新聞社は電力会社の広告を流しています。
原発は地元の町や村に雇用を生み、
交付金などで自治体財政を潤します。
それらは生産すること、お金をもうけることです。
いくらもうけても、原発事故で日本に住めなぐなったら何にもならない。
どうして政治家が気付かないのか不思議です。
わたし一人の力は小さく、原発はなくなりません。
「福島のために何かしたい」とおっしゃる方はたくさんいます。
ただ、福島産の物を買ってあげるとか、そういうことでしょうか。
「自分」というものを考えてみる。
生命とは何かをしっかり考えてみる。
そういう、根本的なことが大事な気がしています。
それが福島のためであり、子孫のためになると思います。
繰り返します。
生物と原子力は共存できません。
原発は絶対にやめるべきです。
(聞き手 細川智子 道新11.8.29.)
柳澤桂子さん
(やなぎさわ・けいこ)1938年、東京生まれ。
お茶の水女子大卒。民間の研究所で発生学の研究に取り組んだが、
病気のため83年に退職。以後、病床で生命科学に関する執筆を続ける。
最新刊は今月発行の「いのちと環境 人類は生き残れるか」。
コメント
すぐ簡単に泊原発の運転再開を認めた町長さんや知事は原発の怖さを知らないのでしょうか?知っていてどうして許可できるのでしょう?皆で手紙を書いても駄目なのでしょうか?交付金にもう毒されほかの事で町の活性化を考えれないのでしょうか?どうしたら、多くの道民が原発反対の行動にでるのでしょう?反対の署名をし反対のデモに出て、参加人数の少なさにがっかりし、後はどうすればいいのか?原発反対の組織とともに行動することでしょう、と思います。が、誰かいい考え教えてください。
Posted by: ひろ | 2011年09月01日 17:03