まほろばロゴ   サイトマップ

Eメール
まほろばとは エリクサー&オリジナル オンラインショップ まほろば自然農園 レストラン
まほろば自然農園
 
     
   

 天気予報は、雪マークがついたり消えたりで、何時、根雪になるかと心配しながら農作業をしている毎日です。

街中は、しばらくは雪が降ってもスグ融けますが、小高い山の裾野の傾斜地にある農園は、すこしまとまった雪が降ると、もう気温が低いので、根雪になってしまいます。  

畑に残っている農作物を少しでも収穫したいのと、畑仕舞いを急ぐのと、お天気を睨みながらのカウントダウンです。


 
 
   今年中に、収穫の終わったところに、堆肥とヌカを入れて浅く耕しておきたいのですが、まだ半分位残っています。  

今年中に入れた堆肥とヌカは、冬の間、雪の下でゆっくりと低温発酵し、低温菌を一杯増やしてくれて、来年、味に深みのある元気で美味しいお野菜の収穫につながるので、大切な作業です。
 

   もう、来年が始まっているようなものなのです。
雨が降って、土が湿気過ぎると耕せないので、(耕すと、土が粘土のようになって、作物の生育に理想的な団粒構造が失われてしまい、反って良くないからです。)
耕せるタイミングは少ないので、皆必死です。


 
   大根、白菜、キャベツ、小松菜、ほうれんそう、チンゲンサイ、人参など、寒風に吹かれながら収穫してくれています。

寒くなればなるほどおいしくなる露地の野菜たちを、是非お客様に食べて戴きたいと頑張ってくれているのです。
毎年の事ながら、頭が下がります。(にんにくは、ハウスに吊るして少しづつ出荷しています)  
<収穫してくれています>、<頑張ってくれているのです>
と人事のように言うのは、しばらく前から私はもう農園に行ってないからで、暖かい家の中で申し訳ないなと思いながら、種とり(私は主として果菜類)の仕事や、来年の営農計画を立てているところです。



 
   
   種とりは、結構地味な作業です。  

トマトやキュウリの種は、時々位置を変えながら、腐る直前まで置いて(これはどの種も同じです)、中のゼリー状の所も一緒に容器に入れて、しばらく発酵させます。


 
 
 
 
 発酵過多になって、腐敗に向かう直前に水洗いして種をより分けますが、この腐敗に向かう直前まで置いておくのが大切で、ここまでおくと、酵素の働きで病気になりにくい丈夫な種になります。

ところが、そこまで置くのが大変で、ラップを被せていても、小バエがいっぱい寄ってきて匂いも凄いので、毎年、家族のヒンシュクをかっています。

それで、残酷だけれど、一定時間置きに、掃除機の先を外して小バエを吸引しています。

自分の腕に留まった蚊も殺さない農園の西岡さんが見たらなんて思うでしょう?・・・なんて考えながら・・・・・ 次に、何度も水洗いを繰り返して、種と、どろどろにカビの生えた所を分けて水切りし、お皿に広げて乾燥させます。


 
   トマトは、この乾燥させる時が大切で、最初に半日以上置くと、種と種がくっついて、後で離すのが大変なことになるので(量と種類が多いので)、ある程度乾いてくっつかなくなるまで、3時間おき位に混ぜてあげなければいけません。


  何度失敗したことでしょう!!  
種は一度に出来るのではなく、木で完熟したものから採って種にするので、何度も何度もこれを繰り返すことになります。  

 トマト類だけでも9種類もあるので26回もやりました。
本当に大変です。

  でももう今日(11月26日)で全部終わって、種類別に仕分けして、名前をつけて袋にいれました。
後は我が家の地下倉庫に持って行って、春まで冬眠です。


 
   

 

   
 

 
   
 農園で皆に採ってもらった青菜類の種は、農園のハウスと冷蔵庫で冬眠です。  
青菜類の種は、ハウスに吊り下げて乾燥させたものを、シートの上で叩いて、種を落とし、風を利用して軽いゴミだけ飛ばして、下に残った種だけ残します。  

 青菜類の種や白菜、キャベツ、大根、レタス、サニーレタス、サラダ菜などの種は、前年に植えたものが、越冬して春に花を咲かせ、実をつけて種になるので、夏ごろから完熟したものから順次取り入れて乾燥させておきます。  

そして、雨の日など野外の仕事が出来ない時に、種落としするのです。


   
 

 豆類の中でも、絹さや、スナック、グリンピースなども、その年に実ったものを乾かしておいて、夏ごろ叩いて種取りしています。

同じ豆類でも、ささげ、いんげん、モロッコは秋になり、花豆、うずら豆、トラ豆などは、これから叩いて、種だけ残して販売します。  

 後、大豆系は、前号でご紹介しましたように、昨日(28日)脱穀を終えて、とうみ・選別です。  

 とうもろこしは、長い冬の間に手もぎです。
種は農園で一番大切なもので、自家採取の種の遺伝子の継続は、一朝一夕で作れるものではないので、絶やさないように大切に保存する必要があります。

 

 

 
   
   いつも種用に指定した物は、間違わないようにスズランテープで囲ったり、杭に名前を書いて打ち込んだり、色々しているのですが、毎年、誰か彼かが収穫の時にうっかりして種を取ってしまうのです。
種用のものは、収穫が始まった初期の頃に決めておかないと、冬が来るまでに完熟してくれないので、良い種が取れないのです。  

 私もそれで種には神経質になっていて、事ある毎に注意を喚起しているのですが、なぜか収穫に夢中になっているうちに採ってしまうようです。

 私は、誰かが真面目な顔で謝りに来ると、
「すみません」と言う第一声を聞いただけでドキッとしてしまいます。
そういう時には
≪皆の自家採取に対する重要さの認識が足りない≫のだと思い、
もう一度再認識してもらう為に、朝のミーティングでいかに自家採種が大切かと言うお説教が始まる事になります。


   
   今年は、私はピーマン系とナス系の収穫と管理の担当だったのですが、
やっちゃいました!!
私まで・・・・・ピーマンのさきがけの種を取ってしまいました。

 これでは皆にお説教する資格がありません。
(初期の頃だったので、新しい候補を見つけて種に育てることが出来たのでご安心下さい) 失敗して気がついた事、  
≪自家採種に対する重要さの認識が足りない≫のではなく、
収穫に夢中になっていても、失敗しないような更なる工夫が必要だという事です。  

 ゴメンナサイ、皆さんのせいではありませんでした。
自分の無能を従業員のせいにしていることに初めて気がつきました。
一番悪い指導者の見本です。
 
 来年は、失敗しないような良い手立てを、皆さんと一緒に知恵を絞って考えていきましょう!!

   




   


   
   今年、研修生として一年間頑張ってくれた大林誠君(先月号でお別れのご挨拶)に入れ替わって、11月20日付けで、今年の春から新得共働学舎で研修していた宮下正大君が入社することになりました。

今は、農園が始まるまでは、西野本店の方で働いているので、古くからのお客様は、お気付きの方もあると思いますが、実は我が家の次男です。


   

 今までまったく違う方面に進んでいたのですが、今年の初め、急に農業をやりたいと言い出して、共働学舎で研修させてもらっていたのです。
若干20才ということで、未熟だらけですが、少しでも店の人たちや、お客様のお役に立てればと願っています。  

大林君が11月一杯でお別れになるので、26日の夕方から、まほろばの2階で二人の歓送迎会をやりました。  

 難波っ子で、高校時代から4年間、本場の関西で名の通ったお好み焼き屋でアルバイトをしていたと言う穂積君の手料理と、それぞれの持ち寄りでパーティーは始まりました。  

 一人一人の言葉や想いの中に、一年間の彼の頑張りと、暖かく、厳しく支えてきた先輩達の、そして、先輩後輩という立場を越えた、お互いの人格や人生を尊重しあう深い絆がしっかりと育っていることを感じ取ることが出来ました。

 感極まって涙する大林君に感応して、次にバトンタッチする正大もちょっともらい泣き。そして、皆で自由に語り合えるように、私はほどほどで退散・・・・・

   






















   
 


 
  初めまして、この度まほろば農園に新しく入れてもらう事となった宮下正大です。
もうご存知の方は多いと思いますが、まほろばの社長と専務の次男坊です。

 農園の方に入ったのですが、これから冬になり、農園の仕事は少なくなる為、11月20日からまほろば本店で働き始めています。
冬の間はお店で働いて、来春から農園で働かせてもらう事になります。

 さて、今回まほろばに入る事になったのも、色々事情がありました。元々というか、つい最近まで、全くまほろば自体出入りしてなかったですし、むしろ遠ざけるかのように過ごして居りました。
親が健康と言えば、僕はより不健康な方に精を出す、
そのような有様でした。

 そんな私にも色々ありまして、ある時、断食をして自分の人生を立ち還りました。
真剣に自分の声に耳を傾けました。
その時はひどく落ち込んでいて、本当は自分は何を求めているのか、どうしたいのか、自然とそのような事を考えていました。

 その時、父から読め読めと薦められて全く読まずに部屋に在った、福岡正信「無」と言う本が目に留まりました。
何故か僕はそれをすがるような気持ちで読みました。

 僕が一、二歳位の頃に、家族で福岡さんの家を訪ねた写真が家に残っています。
その頃の記憶は全く無いのですが、福岡さんの家に行った記憶だけ何故か残っていました。
暗くて古い部屋、白い髪と髭の仙人のような老人。
その断片的な記憶がそれを読ませたのかも知れません。

それは小難しい禅問答のような内容で、普段なら何だこれは、へんてこりんな事を言っているなと読むのをやめてしまったと思いますが、その時は、その本の文章が瑞々しく胸一杯に広がりました。

 実際の所、どういった内容だったのかは余り具体的に憶えていません。けれど、自然への、もっと単純な生活への興味を憶えました。
無と言う氏の言葉から、生き生きとした無数の生命を感じたのでした。




 それで、昔から事あるごとに家に出入りしていた共働学舎の宮嶋さんの所に、今年の四月の頭に入れてもらいました。

共働学舎は色んな理由でうまく社会に馴染めなかった人や、チーズや野菜や動物の仕事をやりたくて来た人などが、大体半々くらいで一緒に色んな仕事をして、一緒に生活している所です。
詳しくは宮嶋さんの本を読むか、ホームページをご覧ください。

 僕は、野菜の仕事を主に、動物の世話など、様々な仕事をしました。豚の出産に立ち会ったり、動物が死んだり、野菜や植物達が芽吹いて枯れたり。
現代の社会で中々見ることの出来ない生と死がすぐ傍で一緒に過ぎ去って行きました。

 そしてそこには飾らず素朴な素晴らしい人達と、
その人達の生活がありました。
本当に色んな事を教えて貰いました。
本当に色んな事がありました。
沢山笑って、沢山泣きました。
一杯迷惑や心配を掛けました。
僕にとってみんな大きな家族のようであり、僕の第二の故郷です。
よく考えてみれば7ヶ月しか居なかったというのが不思議です。
永遠に続く時間のようでした。
本当に感謝しています。 有難う御座いました。

 
  そして、僕は今年7月28日に父になりました。
元気な男の子、篤(とく)が産まれました。
僕自身まだ20歳で、お父さんとはとても呼べない調子です。
そんなお父さんには関係なく、篤はどんどん元気に大きくなっていきます。
可愛いなー、、、頑張らなくては!
そんなこともあってまほろばに入れてもらうことになりました。

 改めてまほろばに入ると、ここは本当に良い所だなーと実感します。
父さんと母さんが理想を抱いて開いたこの店は、今では流動的に色んな人が集まって来る、そういう良い「場所」になったと思います。

 それもこれも父母が信念を曲げず、本当にいい場所を作ろう、
良い物を作ろう、色んなお客様に喜んで貰おうと、日々真摯な思いで頑張って来たことに他ならないと思います。
小さい頃から見てきたので、本当にそう思います。

 農園は、研修生の大林さんと入れ替わりで入る事になります。
夏ちょっと畑を手伝った事があって、大林さんとも一緒に仕事をさせて貰いました。本当にピュアな心を持った良い方で、一緒に仕事が出来ると思って居たので、本当に残念です。

 入れてもらったからには、皆さんのお役に立てる様、お客様に喜んで貰える様、誠心誠意、未熟ながらも頑張ってやらせて戴きたいと思います。
失礼や迷惑を掛ける事もあるかも知れませんが、温かく見守って戴ければ有難いと思います。

  長ったらしくなってしまいましたが、宜しくお願い致します。
畑が始まるまでは本店に居りますので、気楽に話しかけて下さい!
ありがとうございます。

   

 
   
 
 畑一面真っ白な雪に覆われ、自然界もいよいよ本格的な冬の営みへと移り変わり、農園には、清らかな空気と共に静寂が訪れてまいりました。 

 今年も一年間、まほろば農園の野菜をお買い上げ頂きまして、本当にありがとうございました。
そして、たくさんのお客様から有り難い励ましのお言葉をいただき、スタッフ一同感謝の気持ちでいっぱいです。
 
   今年は異常気象が続き、多くの生産者の方々が苦労した年でもありました。農園でもお客様に満足いく野菜を年間通してお届けすることができずにご迷惑をおかけいたしました。  

ただ、自分たちが野菜の声に耳を傾け、その時その時、最善の作業をすることができれば、もっと違った結果になっていたかもしれません。  

  まほろばとの出逢いをいただき、三度目の冬を向かえ、北海道の美しい自然の営みに魅せられ、素晴らしい仲間達と共に野菜作りに取り組んでまいりました。

   
 

 
  農園では、個々別々にして一体、野菜のため、仲間のため、お店のため、お客様のために働くことの大切さを学び、自分の成長のために自分のことだけやっていると、気づきに限界があることを知り、自分自身への執着がある限り、野菜の声を聞くことはできないように思います。  

自然や、まわりの人が喜んでいれば、自分はとても嬉しいと、心から思えるようになれるよう、心平和に、心豊かに、このすばらしい地球のため、宇宙のために生きて生きたいと思います。  

ありがとうございました。

 




   


 
     

2010年12月号

→過去の記事一覧


トップに戻る
トップページへ