紅い手かざし
9月 23rd, 2017 at 23:22
秋の吊りもの。
紅葉色の葉に添えた言葉「紅い手かざし」。
手かざしと言えばある種、宗教的行為を連想する。
ちなみに、野口晴哉師の整体に、「愉気(ゆき)」という行法がある。
掌に気を集中させ、相手にかざすと、元気が賦活するというもの。
師がこれを用いると宗教になることを諌めた、とか。
たしかに、手当と言おうか、手かざしと言おうか、あるようではあるが・・・・。
しかし、そういうことより、私が一番先に思い浮かべるのは、
やはり、母の手かざしと言おうか、手当であった。
「お腹がいたい!」と言えば、
母が飛んで来て、手でさすると、不思議に治っていた。
それは、母と繋がっていたいという要求が、そうさせていたので、
実際、触られて一体感を確かめると、それだけで何事もなくなる。
自然は、いつも無数の手を広げて、我々を受け入れて、そして癒してくれている。
秋の紅葉もまた、赤ん坊の紅葉の掌のように広げて、温めてくれる。
何を温めている?
そう、冷え切った人の心、凍てついた世を温めようと、
自然は紅々と燃えて、絶望を希望に変えようと働いてくれている。
Posted by mahoroba,
in 「倭詩/やまとうた」, 自然農園