「奇跡の看護術はこうして生まれた」
10月 23rd, 2012 at 8:33紙屋 克子 (筑波大学名誉教授)
『致知』2012年11月号
特集「一念、道を拓く」より
http://www.chichi.co.jp/monthly/201211_pickup.html
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まずアメリカの論文を調べてみたのですが、
意識障碍に関する研究がなかったのです。
え? アメリカにもないんだ。であれば、
もう自分たちでつくるしかないと。
【記者:しかし周りには教科書も研究論文も何もないわけですよね】
そうですね。皆目見当がつかないので、
患者さんをじーっとよくよく見て考えたんですね。
すると、あることに気づきました。
健康な人は日中起きて、夜間眠っている。
一方、意識障碍の患者さんは夜中開眼している人もいれば、
昼間いくら声を掛けても、睡眠状態にある人もいたりと、
睡眠と覚醒がバラバラなんです。これではいけない。
健康な人は日中起きて活動する。
睡眠は日中活動した脳を休息させて、
翌日の活動に備えるためのものですから、
夜眠らせて、昼間は覚醒させる。
そうすれば刺激に対する患者さんの反応が
よくなるだろうと考えました。
それから、健康な人は横になって食事はしない。
健康な人は行動を起こす時、たいてい座るか立っています。
だから、胃が食べ物を受け入れやすい形状にするためには、
まず起こして、座位にしないといけないと気づき、
さっそく実行しましたところ、ドクターが飛んできて、
「何をするんだ、君たちは!」と。
【記者:ああ、医師から抵抗された】
私どもの活動と意図を話しますと、賛否両論。
医局対看護チームの対立になったのですが、私たちが
「もともとドクターの仕事である業務の補助をしている
時間とエネルギーを、新しい看護の勉強や実践にも使いたい」
と訴えたのでいよいよ大変なことになりましてね。
最終的には、こちらの言い分が通って、
ようやく私たちのやりたい、
新しい看護を工夫してできる環境が整ったわけです。
【記者:具体的にはどんなことをされたのですか。】
例えば、人間は通常一日約1・5リットルの唾液が出るのですが、
患者さんからはそれほどの唾液量は吸引しておらず、
肺炎も起こしていない。
ということは飲み込んでいるということであり、
それなら食べることができるのではないかと考えました。
それまであまり意識に上っていなかったことを
丁寧に観察して考えていくと、刺激に対して
反応を引き出すことが可能ではないかと思うようになり、
食べる、排泄する、感情を表現するといったことを
項目ごとにつぶさに調べていきました。
さらに、人間の赤ちゃんの成長理論から、
人間が人間になっていくプロセスを辿ってみたらどうだろうとか、
本当に試行錯誤でいろいろなことをやってみました。
そうすると、それまで治療法がないと言われていた
遷延性意識障碍の患者さんの中に食べられるようになったり、
行動を起こせるようになった人たちが出てきたのです。
そういう積み重ねの中で、意識障碍の患者さんは、
反応しないわけではなく、反応できるような環境づくり、
適切な刺激を与え続けていく生活を
もう一度組み立て直すことが必要だということが分かってきました。
(略)
私はよく看護師の皆さんに
「一番新しい教科書は、いま目の前に横たわっている
患者さんご自身ですよ」
と言うんです。
そういう意味で、専門職はチャレンジャーでも
なくてはいけないと思うんです。
教科書から学べるのは安全で確立された、
既に誰かがやってくださった成果ですよね。
けれど、本当に私たちに期待され、
求められていることは、
いま目の前に横たわっている患者さんが
私たちに示しているということです。
ただ、それは見る視点を持たない人には何も見えず、
聞く耳を持たない人には何も聞こえないのです。
そして常に感性を磨いていない人の心には
何も響いていかないものだともいえます。
常に見る視点、
人の意見を尊重する耳、
かつ、豊かな感性がなければ、
看護師としてのミッションは
果たせないのではないかと思っています。