「お母さん」
3月 11th, 2013 at 9:44
藤本 猛夫(作家、詩人)
『致知』2013年4月号
特集「渾身満力」より
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藤本さんの実家は藺草(いぐさ)の専業農家。
日中は畑仕事にかかり切りになるご両親は、
ベッドから一人で起き上がることも、
車椅子に乗ることもできない
藤本さんの面倒を見ることができず、
七歳の時、断腸の思いで病院に預ける決断をした。
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入院した日のことはいまでも忘れられません。
「帰りたい」って泣き叫ぶ私を残して、
父と母は看護師さんに促されて病室から去っていきました。
私は保育士さんに抱きかかえられて、
二人の寂しそうな後ろ姿を、窓からじっと見つめていました。
毎晩消灯を迎えると、両親のことが恋しくなるから、
「家に帰る」って泣き叫びましたね。
でもありがたいことに、病院のスタッフの方々が
私のことをとても温かく迎えてくれました。
他の患者仲間たちともたくさん遊んだり、
喧嘩をしたりしながら、深い関わりを持って
生活することができました。
だからこの病棟は私の家で、
一緒に暮らしている人たちは
家族のように思っているんです。
周囲の支えのおかげで、特に病気を
意識することもなかったんですが、
養護学校の小学部を卒業する少し前に、
呼吸する筋力が衰えて人工呼吸器を離せなくなり、
それまで休んだことのなかった学校を
二週間以上も休みました。
その時に、自分の人生は長くないんじゃないかなとか
思ったりして、初めて死というものを
見つめるようになったんですね。
毎週末には両親が自宅から車で一時間半もかけて
見舞いに来てくれていました。
体調がなかなか回復しなくて、
いらだちを募らせていた私は、
母がつくってきてくれたお弁当を
「食べたくない!」って
ベッドのテーブルから払いのけてしまいました。
母は「元気そうでよか」と言いながら、
床に散らばった好物のハンバーグとか
唐揚げを片づけてくれ、帰って行きました。
病室を出ていく母の背中を、
私はやりきれない思いで見送りました。
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そんな藤本さんの心を癒やしてくれたのが詩歌だった。
藤本さんの通った病院に隣接する養護学校には、
詩歌を専門とする教師が在籍していた。
中学部の一年の時、「母」をテーマに
詩を書くことになりました。
私は、週末になる度に手づくりのお弁当を持って
見舞いに来てくれる母の優しい笑顔を思い浮かべながら、
こんな詩を綴りました。
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「お母さん」
母さんは
にこにこして病棟にくる
やさしさが顔にあふれていて
ぼくは美しいと思う
ぼくの心はシャボン玉のようにはねてくる
母さんがいぐさの話をするとき
母さんのひとみは光っている
仕事にほこりをもっているんだろう
ぼくたちは散歩に行く
母さんはすいすいと車いすをおしてくれる
みなれた風景だけど
母さんがいると変わってしまう
時間がとぶように流れる
「じゃ またくっけんね」
ふりかえり ふりかえり
母さんはかえった
ぼくは小さい声で
「母さんのカツカレーはうまかったよ」
と、言ってみた
これは病気の私をここまで育ててくれた
母に対する感謝の気持ちであり、
母だけでなく父も含めた家族への思いです。
この詩がたまたま熊本県の子供の詩コンクールで
最優秀作品に選ばれて、あるお寺からのご依頼で、
石碑に刻まれ境内に建立されています。
Posted by mahoroba,
in 人生論