まほろばblog

「谷亮子選手との出会い」

4月 1st, 2013 at 11:02
 稲田 明(帝京豊郷台柔道館館長)
        『致知』2013年4月号
              特集「渾身満力」より

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私は福岡県警にいた二十七歳の時、
東福岡柔道教室を始めたんですが、
十年が経って全国少年大会にも出られるようになった
昭和五十八年に、彼女(谷亮子選手)は
お母さんに手を引かれて道場へ来ました。

当時七歳でしたが、まだ五つくらいかなと思うくらい
体が小さくて、柔道は全然やったことがないと。

三つ上のお兄ちゃんがいましたから
その見学に連れてこられたのだと思いますが、
柔道着を着せてみると、その着こなしが実にうまいんですね。

試しに受け身を教えてみたら非常にもの分かりがよく、
この子、何かあるかもな、と思いながら最初は見ていました。

私は子供が成長していく上で、
指導よりもアドバイスが大事だと思うんですが、
最初に言ったのは

「おまえは体が人一倍小さいのだから、
 三倍の努力をしなさい」


ということでした。

二つ目は

「柔道に限らず、一度やろうと決めたら
 最後までとことんやり通しなさい」


と。すると本人も聴く耳を持っているというか、
そういう器があったんでしょうね。のみ込みが早いんですよ。

学校へ行く前の朝練でも皆より一時間も前に道場に来て、
掃除をしたり、ゴムチューブを引いたりして
練習が始まるのを待っている。まだ小学校の二年生ですよ。

練習中も絶対に手を抜かないし、
小学生の部が終わった後も一人居残り練習をし、
高校生と同じように、夜十時半までトレーニングをして帰る。
それくらいの努力を小さな頃からしていました。

それでも、小学校の時はまだ体が小さくてもやれたんですが、
中学生になると体が小さ過ぎて団体戦には使えません。

そうすると、いままで一時間早く出てきていたのが
だんだん遅くなり、どうしたのかなと思って本人に尋ねました。
すると「ピアノと習字を習っている」と言ったもんだから、

「おまえ何を考えてるんや!
 ピアノや習字には五輪はないんやぞ。
 どれか一つにしろ。

 でないと三つとも全部ダメになってしまう」

と言いました。
その日はもうポロポロ涙を流して帰りましたが、
明くる日にはケロッとした顔で一番に来て
「柔道を頑張ります」と言ってくれました。

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