まほろばblog

Archive for the ‘訪問者’ Category

才気煥発な渡邊匠くん

火曜日, 12月 1st, 2020

農園にやって来た元厚別店店長の渡邊匠君。

辞めてから、もう十年になるという。

今は㈱DOKODAの社長である。

その名刺の裏を見てビックリ!

6つの会社を多角経営している35歳の若き社長である。

上から、造園屋、ドーナツ専門店、カラオケバー、たこ焼きカラオケ屋、レストラン、そして中古車販売。

これだけの店をどうやって開き、どうやって維持し、どうやって纏めるのか、驚くばかりだ。

更に、スタッフの福利厚生のために畑を購入したという。

そして、今年は、オリジナルのCDも出したというから超人かな?(以前、編集部の斎藤恭兵くんとデュオを組んでいた)

この才覚と決断は、なかなかどうして、どこにも見たことない。

頭の構造と感受性が甚だ違うのだろう。

 

兎に角ここまで駆け抜け、一分一秒詰まって生きて来て、

ふと振り返って余白、余裕という時間がなかった、その必要性を考えたという。

そこで、思い付いて早速、私たちに会いに来たのだ。

その迅速な行動力が、次の思考と行動を生むのだろう。

兎に角、即行動、考えるや次は一歩を踏んでいる。

 

さて、コロナ禍で、5店舗の飲食店を経営していたが、それを閉じ、最初の自宅のドーナツ屋を再開したという。

原点に戻った訳である。

その所為か、その出来具合が格段の進歩を遂げていて、家内は盛んに美味しくなったと褒めた。

何も知らないドーナツ屋でなく、何でも経験したドーナツ屋。

一味も二味も違うだろう。これからの人生も違うだろう。

 

さんざん人を使ってやってみて、行く行くは独りの仕事をやってみたい、と。

今の処、造園が一番性に合っているようだし、生活も安定すると。

さて、今後、彼の前に何が飛び出してくるかは分からない。

実に、楽しみである。

先ずは、ドーナツ、ベーグルから、彼を応援しよう!!!

青は藍より出でて藍より青し

土曜日, 11月 28th, 2020

11月25日に、八雲町で新規就農している「八雲山水自然農園」の大林君(まほろば自然農園の元研修生)が、有機肥料を取りに来ました。(研修生には、原価で分けて上げています)

仁木JAに製造加工を依頼していたトマトジュースを取りに来たついでもあります。

それは、とっても美味しく、深い味わい。

今年7年目になる営農自立は、すこぶる順調そうで、何よりです。

https://www.facebook.com/8clouds3waters/

何時だったかTVニュースで、道南でワイナリー研修会の様子が映し出されていたが、真っ先に熱心に受講されている大林君が目立っていたので、次にはワインを手掛けるつもりらしい。

今年は、古代小麦「スペルト」系を初めて撒いて、自給用に栽培を続けたいという。

 

夫婦二人で、仲良く力を合わせて、広い畑を切り盛りしている。

その様子を、写真で見せてもらったが、それは見事な畑で、感心すること頻りなのだ。

有機認証を取得して、漢方の当帰や、まほろばにも卸している軟白葱を栽培し、様々な挑戦、新しい取り組みにも意欲的で、着々と歩固めしている。

 

彼からは、新しい播種の仕方、シートで雑草を抑える方法やニンジンの除草法で画期的な道具を考案して大成功を収めた話など、自分たちにとっても役に立つ興味の尽きないことを聞いて頼もしく思うばかりだ。

正に「青は藍より出でて藍より青し」

 

「有機農業には、まだまだ可能性がある」という彼の一言は、成長一直線途上で、我々の励みにもなって来る。

沖縄の知人に頼まれて援農に明日立つという。

奥さんの生まれ故郷台湾も近く、冬また暖かく、体の保養にもなろう。

また彼の地で学んで、帰って来て教えてもらいたいと、楽しみは続く。

土の力

火曜日, 10月 27th, 2020

また、突然に、「発酵仮面」はやって来られた。

発酵学博士の小泉武夫先生です。

 

 

東京にまで持ち帰って食べられたあのトマトが余りにも美味しかったので、また来てみた、とおっしゃられる。

興奮気味に、

「本当に美味しかった。ミネラルの力。スゴイ!!」と。

そこで、出荷してない援農の方のために一列だけ作った中玉トマトのハウスにご案内した。

「どうぞ、赤いのすべて取ってください」

 

「ウふぉー、恍惚、恍惚……!!」

と、子供のようにはしゃぎ、嬉しさを隠しきれずに無我夢中に、トマトをお取りになる姿を垣間見て、

無邪気な無心が先生の原動力なんだなー、と逆に感銘して、こちらが嬉しくなった。

 

「今日は、収穫祭だね。

これは土の力。醤油粕などの、有機ミネラルの働きで、これほど力のある美味しいものが出来る。

カルシウムやマグネシウムなど、投与しても吸収されないんだ。

そこには有機酸が必要で有機ミネラルでなければ吸収できない。

微生物により、有機物が有機酸に変化し、初めて無機のミネラルが結合して有機ミネラルになり、植物がこれで初めて吸収出来るんだ。

あの水俣病も、単なる水銀だけだったら飲んでも体外に排出されるが、

それが有機物と結合されて吸収されたから、あのような事故になった。

醤油粕のように、大豆や麦のタンパク質が、塩のミネラルと結合して、人間に吸収され易くなる。

それを肥料に使っているから美味しくなるんだヨ。」

(なるほど、合点!!)

 

丁度、採り立ての白菜、大根などもあって、お持ちいただきました。

先生の満面の笑顔を見て、こちらも幸せになりました。

 

ところが、夜になって、先生から電話がかかってきました。

「白菜をゆがいて、ポン酢で食べたら、その旨いこと、うまいこと……。

仁木には、季節にサクランボやブドウやリンゴ狩りに、観光バスで沢山来られる。どこでもやっている。

まほろば農園にも、みんなで美味しい野菜を食べに来られるように、報せなきゃならないヨ。

いやーこれは、これまで全国のものを食べて来て、日本一美味しい野菜だよ、ほんとに…。

土の力、味が凄い。これを報せなきゃ」

と、本当に我がことのように、農園や私たちのことを思って下さる先生の熱き想いとお心に、

家内と共に感激して、ありがたくその意を頂戴しました。

長年の努力が、こう評価して頂き、報われたように思いました。

みなさまが、お気軽に来られますよう工夫し、これを糧に、また野菜作りに頑張ろうと思いました。

ありがとうございました。

「サンヨネ」さんの三浦社長

木曜日, 5月 4th, 2017

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愛知県豊橋市の㈱サンヨネさんの三浦社長が、仁木の農園にわざわざ視察にお越し頂きました。創業が明治25年、何と125年も続く老舗スーパーです。

社是が、「ステキな会社をつくりましょう」。長い歴史の中で、遺った何気ないこの言葉に、重みと深い意味合いを感じます。

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日々、全国各地を視察に回り、直接生産者を訪ね、仕入れをされて、安全安心なより確かな物を、より安く買い易いお手頃価格で提供されて、努力を惜しまない独自路線を歩まれる三浦社長率いるサンヨネさんは、我々の理想の姿、夢の会社だと思います。

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昨朝も、早々から仕入れ先の寿都・かねき難波商店さんの小女子の加工現場を視察されてすぐ、農園にお越しになられました。まだ何もない農園ですが、丁度野生の浅葱の収穫を見て行かれました。全国各地で行われている各農法と、その情報を懇切に紹介してくださいます。大変勉強になりました。今後とも、ご指導を仰ぎたいと思います。

三浦社長

その後、農園の近所、私も初めての蕎麦処「こぶし」さんを訪ねました。砥の川の奥、踏み分けて入った山の中にあったのには、正直驚きました。周りの鬱蒼とした木々と山菜の宝庫、元はまほろばの西野で店をやられていたというから、この奇縁にも驚きました。

こぶし

「日越友好」ベトナム・ダナン市から

木曜日, 3月 17th, 2016

先日、斉藤翠さんの紹介でベトナムのダナン市から

MAI DANG HIEU (マイ・ダン・ヒェウ)氏が来店された。

1973年生まれで、ダナン外務局副局長、ダナン市駐日代表部副代表、

ダナン市ベトナム・日本友好協会副会長などの要職を務めるエリートである。

それよりも、何よりも、彼は大の日本びいきで、

「私は日本人の生まれ変わりだ!」と言ってはばからない。

「私は武士だった!!」と睨み付けるところなど、実にユーモアがあって面白い。

何と独学で、日本語をマスターしたというから、頭の良さ、勘の鋭さには舌を巻く。

話すだけでなく、読める書けるから、相当なものである。

ダナン市は壮大な日本文化館を建てて、そこの責任者であるとか。

とにかく日本通で、まほろばのような自然食品店を開きたいそうな。

すでに、自ら日本食レストランを二店舗オープンしている。

とにかく、日本に関すること、目をランランに輝かせて見聞きする、

その熱心さには、頭が下がる。この熱意で、国を動かそうとしている。

彼の紹介を、HPから掲載してみよう。

なぜ「ダナン市」なのか?

近年、日本企業によるASEAN進出が増加していますが、それに伴って、ホーチミン、ハノイ、バンコク、ジャカルタ、ヤンゴンなどの各国の首都や主要都市の市場の飽和現象が起きております。そこで、多くの日本企業が、今後数年間で急成長することが予測される各国の新興都市に目を向け始めています。ベトナム第3の都市・ダナン市は、まさにその最有力候補として目されています。

ベトナム中部で最大の都市であるダナン市は、ベトナムで第4位の約100万人の人口を有しています。ラオス、タイ、ミャンマーを結ぶ「東西経済回廊」の東の起点であり、ダナン国際空港や貿易港ダナン港もあります。また、大規模な「ダナンハイテクパーク」や米シリコンバレーのベトナム版「ダナンITパーク」の開発も進められています。日本企業の同市への進出は60社弱で、まだ少ないといえます。

しかしながら、24の大学や短大、 59の職業訓練センターや民間資格学校があり、また日本への留学・就労経験がある人材も多いことから、今後日本企業の進出が加速することが予想されます。特に近年、IT・ソフトウェア開発業の進出が多いのも特徴です。

また、ダナン市の魅力として欠かすことの出来ないのは、観光業です。米誌『フォーブス』で世界の豪華なビーチの1つにも選ばれたダナンビーチは70km続き、1年を通じて太陽光が輝きます。278のホテルとリゾートがあり、欧米、アジア各国からリゾートに来る観光客が多く、日本からの直行便も就航しております。

【日本企業の進出状況】

ダナン市の2013年の1人当たりの国内総生産(GDP)は2,800ドルで、ベトナムの全国平均(1,890ドル)を1000ドル強上回っています。ダナン市の主要産業としては、水産加工業、アパレル業、製造業、観光業、IT開発業などです。

外国企業は352社(2011年時点)が進出しており、ダナン日本商工会に加盟している日本企業は13年3月末時点で、小型モーター大手のマブチモーターやカップ麺大手のエースコック、音響・車載用スピーカー部品・製品の専業メーカーのフォスター電機など72社あります。日本からダナン市への投資件数は13年12月には、累計で60件、総投資額は3億1500万ドルに上っています。

また、ダナン市には5つの主要工業団地があります。日本企業が入居しているのは、ホアカイン工業団地とホアカム工業団地の2団地です。ホアカイン工業団地は、ダナン市内から車で約30分の距離にあります。ここにはマブチモーターやエースコックなどが入居しています。ホアカム工業団地はダナン空港から約10キロ、主要港のティエンサ港から約20キロの場所にあり、フォスター電機などが入居しています。

【大規模なハイテクパークの存在】

5つの工業団地のほか、現在、「ダナンハイテクパーク」の開発が進められています。同パークは市中心部から西方約22キロ、ダナン国際空港からは約17キロ、主要港のティエンサ港からは約25キロの地点にあります。ハノイ、ホーチミンに次ぐ、ベトナム第3のハイテクパークであり、計画によると、総面積は1232ヘクタールで、約300ヘクタールは造成済みです。

同パークに入居する企業に対して、(1)法人税は15年間10% (通常は22%)とし、その期間中、課税所得が発生してから4年間は免税、その後9年間は50%減税とする、(2)ハイテクパークおよびハイテク企業・ハイテクインキュベーショントレーニング・研究地域における建設事業に対して、土地リース料を100%免除する、(3)ハイテクパークにおける寮建設プロジェクトに対して、土地リース料を100%免除するなどの優遇措置があります。ダナンハイテクパークへの入居決定第1号は、船舶港湾機器や油空圧機器などの製造・販売を手掛ける東京計器となっております。より詳しくダナン市について知りたい方は、是非下記よりご確認ください。
※ 本ミッションでも訪問予定の「ダナン市外務局副局長のMAI DANG HIEU (マイ・ダン・ヒェウ)氏」のインタビュー
【ブルー・オーシャン・シティ特集】急成長中!知られざる注目都市のキーマン・インタビュー(ダナン編)
⇒https://www.digima-japan.com/interview/danang/

 ヒュウさん

Pet&person`sTotalSpace「majun」さん

水曜日, 3月 16th, 2016

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12日(土)に、マジュンさんのオーナー友重さえ子代表が、

大阪の箕面市から来店された。

5年前に、世界最高峰の紅茶専門店 I TeA HOUSE(http://www.iteahouse.com/)の

代表伊藤孝志さんの熱心な勧めによりエリクサーを買い求められたとか。

その時、水の違いでこうまで紅茶の味が違うものかと、エリクサー水に感動されて

そのご縁で、念願のまほろばへようやくお越しになれた。

 

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ペット関係のお仕事をされているに関わらず、ペットを介在して、

実はその背景にある人としての生き方や目的、宇宙や自然への回帰を学ぶことであるとか。

ペットの病気や食事などを、バイオ・エネジー波動医学や先端栄養学を通して

飼い主の方々に指導されておられる。

表面上の症状に対処するのではなく、その原因を探り症状を起す原因から

根本的に取り除く診療(原因療法)をベースとして行っておられる。

 

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友重代表からのメッセージ:

ペットと人のトータルスペースmajun(マジュン)とは・・・・・

犬好きのためのお店ではありません。

犬がペットではなく「犬だけど本当の我が子」と思うパパママと

『自分はパパママの本当の家族』と思ってるワンのためのお店です。

http://majun-family.com/

・ ペットホテル&一時預かり

・ 安心・美味しい犬の冷凍手作りごはん販売(通販可)

・ 我が子の健康維持のためのお勉強

 

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もやしで100億円企業!!

日曜日, 3月 13th, 2016

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モンゴル塩でお馴染みの岐阜恵那の「木曽路物産」。

その鹿野社長から、以前から同郷中津川でもやしを作られている親友・中田智洋社長のことを聞かされていた。

何年か前、そのチコリ館や工場も見学させて頂いていたが、まだ社長にはお目にかかっていなかった。

パラグアイで大豆農場があり、その大豆で豆腐を作り、あの東日本大震災の際に、何万丁と被害地に届けられたのだ。

次亜塩素酸を使うもやしを、無漂白にした立役者こそ、中田社長で、それを実現させたのがモンゴル塩だったのだ。

今ではオーガニック認証まで取得されたとの事。

さらに、あらゆる豆のもやしを作られて、ついにはチコリのお酒まで作られるに至った。

また、オーガニックのカット野菜、さらに46万坪の水耕栽培でないオーガニック野菜工場を建造するとの事。

一代で、ここまでに至るとは、驚きである。

また、中津川に小泉記念館も作って、先生の全蔵書を展示されている。

先日、先生から、社長が来札されるので、まほろばに一緒に立ち寄られる旨を伝えられた。

何でも、今や100億円の売上高に達するほど、急成長を遂げられた、との事。

 

お会いするや、ご夫婦して、大変頭が低く謙虚であられることに感銘したのです。

仏教大学を出られ、お母様の「感恩報謝」のみ心が生きておられたのです。

志は、気宇壮大にして、歩むはモヤシの一袋から。

実に堅実にして、遠大である。

これからの、益々のご発展を祈る次第であります。

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(チコリ酒「初垂/はなたれ」

TVカンブリア宮殿より、その説明案内文を添付いたします。

西洋の高級野菜「ちこり」を国産化・ちこり生産量日本一の中津川!

年間2億1900万パックの出荷実績!

創業70年、無添加・無農薬の発芽野菜と発酵食品の生産者「サラダコスモ」。

本気で生きれば必ず道は開ける

1袋で数十円という激安のもやしビジネスで、年商72億円(現在100億円)、33年連続の黒字経営を続けている驚異の企業がある。岐阜県のサラダコスモだ。全国有数のもやしメーカーだが、そこに至るまでには数々の挑戦と苦難があった。実は今では当たり前となった「無漂白もやし」も、このサラダコスモが広めたものだ。そしていま社長の中田智洋が目指すのは、何と南米パラグアイ。もやしの種を、日本からはるか遠いパラグアイで栽培するという。もやしに情熱を注ぎ、挑み続ける中田流“型破り経営”の全貌に迫る。

“不思議な野菜”もやし!無添加・無漂白はここから始まった

1袋数十円という驚きの安さで売られているもやしが、一体どうやって作られ、利益を出しているのか?あまり知られていないが、もやしは実に不思議な野菜なのだ。岐阜・中津川市にあるサラダコスモは、そんなもやしの大手メーカー。もともと社長の中田の家業は、ラムネ飲料の製造販売業を営み、もやしは「冬の副業」として栽培していたに過ぎなかった。だが中田は、このもやしに賭ける。?今から40年以上前、もやしは殺菌などのために漂白剤を使っていた。「子どもや孫が安心して食べられるもやしを作りたい」と、中田は無添加・無漂白のもやしを開発する。だが色も悪く、日持ちもしないため、全く売れない…。そんな中で取引をしてくれたのが、生協だった。当初は業界からの逆風も受けた中田のもやしだったが、「安心・安全」は業界に広まっていった。

カイワレ事件で壊滅的被害…雇用を守った社長の決意

順調に成長を続けていたサラダコスモは1996年、突然の危機に見舞われる。売り上げの柱の一つとなっていたカイワレ大根が、「O-157事件」で壊滅的な被害を受けたのだ。売れ残ったカイワレを泣きながら焼却する従業員たち…。そんな中でも中田は「自分の資金が底をつくまで、雇用は守る」と決意。経営の立て直しに奔走する。まず実行したのが、生産する発芽野菜の品目を増やすこと。今ではその数、10品目に及ぶ。ヨーロッパ原産の発芽野菜「ちこり」も、その一つだ。中田はこれを日本で初めて生産。さらに地元・中津川の地域再生のために、「ちこり村」というテーマパークまで作った。休耕地を活用してちこりの種芋を育てる一方、高齢者の雇用も生み出す仕組み。2006年にオープンしたちこり村には、年間28万人が訪れる。

63歳、南米パラグアイで壮大な夢に挑む

日本では、もやしの種は輸入に頼っているのが現状。中田はその種を、自分の手で栽培しようと乗り出した。種を栽培する場所は、日本からはるか遠くの南米パラグアイ。1000ヘクタールもの土地を借り、開墾を始めたのだ。中田がパラグアイを選んだ理由の一つに、日系移民の農家の存在がある。彼らの知恵と力を借りて、すでに種づくりを始めた。「収支のめどが立っているわけじゃない。でも、これは意義深いよ!」。中田の型破り人生の挑戦が、再び始まった!

美松の田村さんが

土曜日, 9月 5th, 2015

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http://www.ikebukuro.ne.jp/mimatsu/

東京池袋で、食べもの処「美松」さんのご主人が来訪されました。

初対面です。

和光市の海藤さんのご紹介で、エリクサーを設置されました。

料理一切を、エリクサー水で賄うとのこと。

味処として、知る人ぞ知る、名店です。

書道を一番にたしなまれ、この「ごはん」の字が実にいいですね。

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そして、有名な目白の古道具やの坂田和實さんとは、近所で大の仲良しだそうです。

http://sakatakazumi.com/

びっくりです。

ある人を介した、坂田さんの石皿が、今私の所に来ています。

これも、ご縁ですね。

これから、盛岡で開かれる坂田さんコレクションの展覧会に行かれるそうです。

美松さん 1

 

お土産に、新宿揚場町「萬年堂」の「御目出糖」と「ありが糖う」の銘菓を頂きました。

400年もの伝統菓子の何とも典雅で由緒ある品をみんなで賞味いたしました。

これも趣味の佳い、深い志のある田村さんならではの心尽くし。

今後とも幾久しいお付き合いが続くことでしょう。

 

美松さん 2

 

宮本シェフ一家、来店

水曜日, 8月 26th, 2015

宮本くん

 

立て続けに、ご両親を亡くしたソフテリアの宮本パンシェフ。

その兄さんご一家が、来道の折に、まほろばに立ち寄られた。

一生懸命パンを焼いている姿を見て、さぞかし安心されたかと思う。

あの小泉先生にも「日本一!」の折り紙を付けられて、

皆さんも誇りに思われる事でしょう。

末永き見守りを・・・・・。

凡と愚の念仏会

土曜日, 6月 27th, 2015

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22日、二階で「アスタジー」の講演会の後、

東京は栖岸院・本應寺の皆様が念仏会を開かれました。

農園の奥、盤渓出身の愚静尼がうさと展のご縁で、

まほろばに起こしになり、

毎年夏、北海道行脚されるので、同じ札幌のよしみ、

会場としてお貸しするご縁となりました。

凡愚お上人の、「行く先浄土が決まれば大安心」のお言葉に、

みな寄り添いながら、お念仏をされておりました。

その中に「いただき膳」さんの後藤桂子さんが参加。

イギリスやスペインでの不思議な大農地授与の奇跡的なお話など、

この信仰と共に、全国各地に独特な姿勢で自然食普及をされることと、

深い関係があることを知らされました。

全托全与の世界観に、眼が啓かれる思いでした。

ありがとうございました。