まほろばblog

Archive for the ‘「倭詩/やまとうた」’ Category

「トークバトル」2016の幕開け

木曜日, 1月 28th, 2016

トークバトル

 

すでに、2週間も過ぎてしまったが、16日の土曜日。

2階の講話室、40人満席のところ、20名以上詰め込んでのすし詰め状態。

熱気でムンムンする中、窒息するのではないか、というほどの熱い息。

それもそのはず、揃いも揃ったメンバーが4名。

大貫妙子さんがトークに加わる決定が、2,3日前に。

それで又、キャンセル待ちの電話が鳴りっぱなし。

申し訳なく、断る一方で、止む無く会はスタートしました。

 

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論陣を切って阿部一理さんのトークは絶妙で聞かせる。

何せ、15,000回の講演はギネスもの、最早名人芸である。

次の日の青果組合のセミナーも大好評であった。

 

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三枝龍生氏の講話は、ここでは初めて。

野口整体や気功、合気道、マクロと踏襲された話は迫力と説得力があり、

さらにカタカムナも加わり、みな惹き込まれて、次の会を望むや切なり。

 

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次の安藤豪敏さんは、林業家でモンゴルなどの緑化が夢。

苗木は直根を大事にせねばならないと説く彼の話から、

それは、農大の山寺教授の説であることが判明し、

あの古琴の山寺女史のご主人のお父様であられた。

縁は、身近に縦横に繋がっていることに驚く。

 

トークバトル 1

 

最後に、大貫妙子さんの登場。フアンも多くいらした。

三枝さんとは、中学の時から親友付き合い。

共に、気が合った仲で、今日ま続いた。

生体の不思議、食の重要性など、まほろばとの関わりなど話された。

こんな面白い掛け合いのゴールデントークショーも、なかなか見られないだろう。

又の再演をみなさま望むや熱く、

これからの新しき時代を切り開く扉となる予感がした。

「一指に霊性が宿れり」

日曜日, 1月 24th, 2016
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とある夕方、スタッフに呼ばれてレジに行くと、そこに貴婦人が立たれていた。

何でも、京都の友人が、ここの水が素晴らしいから汲みに行きなさいと、薦められたとか。

聞くと、本店に近い山の手在住の佐々木規伃さん、長唄などの大鼓のお師匠様でいらした。

その冴えた音味は、上の創作「薫風のしらべ」(堅田喜千城)に十二分に響き渡っている。

あの著名な人間国宝「堅田喜三久」師に久しく師事されて、

十代から始められて既に六十有余年にもなられるとか。

下の動画、堅田師の太鼓と語りの飄逸さは、又となく格別で趣がある。

 

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私も、少なからず邦楽には興味があり、話は盛り上がり、時の経つのを忘れるほどだった。

その中でも、ことのほか興味がそそられたのが、次のお話であった。

ある日、お坊様にお会いしたそうな。

そこで、日頃悩んでいることを打ち明けたと言う。

「どうしたら、自分の音をつかめるのでしょうか」

「すべてのものに、音がある。一切が、鳴っている」

そこでハタと気付き、狭い自己が破られ、豁然と悟ったという。

歓びが全身を巡り、笑いが内から出でて、それが3日ほど止まなかったという。

この境地を、音曲仲間の一人に伝えようと懇切に話すが、

チンプンカンプンで、全く理解しがたく徒労であった。

鼓に、あたかも穴が開いていて、そこに指が触れるだけの感覚で音が鳴り出した。

「名人は、みな脱力よ」と事も無げにおっしゃる。

それは道元禅師の「心身脱落、脱落心身」の境涯、

只管打座(しかんだざ)、ひたすら座り続けると、自ずから心身が抜け落ちる。

仏道のみならず、芸道でも然り、道は一つなのだ。

 

sasakisann

 

私は、以前に、

「一つの音を聞き続けて悟らなければ、ワシの首を獲ってもイイぞ!」

と、説く高名な禅僧の書物の一行を読んだことがあった。

尺八の究極は「即音成仏」。

一音を吹いて仏に成る、というからスサマジイ。

空海も「梵音声字」を説いて真言宗を開いた。

「ナーダ・ブラウマ」という印度哲学の言葉がある。

つまり「宇宙は、音である」と。

 

ある時、この佐々木女史、関西の整体師に就いて、体のことを習った際、

「頭の松果体と足の湧泉を意識的に繋ぐと心身が即整う」と教えられた。

それが、即理解出来て、体から何らかの不調が立ち処に消えたと言う。

ついでに、0-リングテストを教示されたが、これも瞬時にコツを掴んだ。

ほぼ一生の間、指先に全神経・全精神を集中して太鼓を打ち続けて来られた。

そして、「その指に霊性が宿った」のだ。

『一芸に通ずる者、万芸に通ずる』。

正に、かくの如し。

かく在野にも、人知れず真人が隠れていたとは!!!

おひな祭りの解

 

 

 

 

 

千家「骨董市」2016

金曜日, 1月 8th, 2016

千家 骨董市 2

昨日から千田さんの「骨董市」が始まった。

高校生の時分から始めたというから、45年もの年季が入っている。

そんな蒐集歴をもつ彼女、いい意味で魂が古いというか深いのである。

骨董とは、

己が内に潜む古き魂を打ち出す修行であり、道具であり、

第二の自分との出会いでもあるのだ。

老人の懐古趣味ではない。

その物に対峙して、何かが語りかける時、その古き中より、

新しき自分が発見されるチャンスである。

 

砥石壷

① 砥石入れ(腰ベルト)フランス 18世紀 ¥20.000

 

ka-hi-kappu

② カルティエ 珈琲カップ フランス 1986年 ¥5.000×2

 

まげわっぱ

③ 曲げわっぱ オランダ 19世紀 ¥30.000

 

シトロエン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

④ シトロエン フランス 1956年 ¥12.000

 

漆桶

⑤ 漆桶 東北地方 江戸時代 ¥30.000

 

厚別店からおめでとう!

木曜日, 1月 7th, 2016

厚別まほろば

 

厚別店のスタッフ、晴れて初売りに集合。

水曜日のため、みんな揃わず。

でも、店前で、ハイ!ポーズ。

みんな働き者で仲良し。

浪花男の穂積店長の元、みんな団結力が強く、我慢強い。

さぁ、激動の2016年を乗り切るぞー!!!

 

厚別のみんな

(年末の大売出しで)

風水建築 厚別 2

上の正月の記念撮影。

壁の角が斜めに削れていますよね。

実は、30年近く前、ここに支店を作ろうとした時、

指摘されたのが、風水的にこの真東が欠けると事業が延びない!と。

(その真偽のほどは分からないが、その当時必至だったので、やれることはやった)

そこで、音更町の椎茸栽培者の村岡徹一さんから一本のイチイの樹が贈られた。

風水建築 厚別 3風水建築 厚別 1

 

それを三角に削って、それぞれに

喫茶店の名前「メビウスの環(わ)」と、

店名「真秀天地/まほろば」と彫った物を、

欠けた面が、鋭角になるように建て付けて補った。

最初赤字続きで大変であったが、それが功を奏したのか、

曲がりなりにもここまで続いた。

10年前の本店新築時も、1/3以上欠けがあって家が凶相となるため、

黄金比の組み合わせで、これを越える設計を試みた。

その時は、自分自身も嵌るが、普段は全く意に介さない。

昨日、大谷さんの風水講座もあり、易経・論語まで行くと、

またそんな流れが来ているのかも知れない。

世の中自体が、大変な時代を迎えようとしている。

恭賀新年 「申は神なり」 

金曜日, 1月 1st, 2016

新年明けましておめでとうございます。

旧年中は、厚きご愛顧を戴きまして誠にありがとうございました。

本年も変わりませず、ごひいきのほどを,

よろしくお願い申し上げます。

 

申字 象形

さて、今年は「申」年。

「心猿意馬」と申すとおり、猿は騒がしく心を乱す者として、古来余り良い意味では使われてきませんでした。

ところが、申のいわれを紐解くと、意外にも深遠な意味合いが隠されていて、物事の根源に関わる大切な字であったのです。

それは、神の示偏の右の申すが、申として使われていた通り、実は「神」を暗喩する字体だったのですね。

以下は、あの漢字学者・白川静博士の「常用字解」より抜き書きしました。

 

申字

 

申年の「申しん」とは?

解説:

象形。稲妻(電光)の形。右と左に光が屈折している形を縦線の横に並べて申の形となった。

稲妻は天にある神がその威光をあらわした形である、神の発するものであると考えられたから、

「かみ」の意味になり、申は神のもとの字である。

稲妻は屈折しながら斜めに斜めに走るものであるから、「のびる」の意味となり、

また「かさねる、もうす」の意味に用いる。

申が「もうす」などの意味に用いられるようになったので、

「かみ」の意味の字として、申に祭卓(神を祭るときに使う机)の形の示を加えた神が作られた。

 

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それで思い出されるのが、現代アーティストの杉本博司さんの一連のシリーズです。

上の画像のように、写真乾板へ、ダイレクトに放電して、

その軌跡を捕えた作品が「放電場 (Lightning Fields)」です。

古代の人々は、この雷こそ、神のお告げで、畏怖したと想像するに硬くないわけです。

それを、狂言三番叟に写し撮った野村萬斎との競演『神秘域』への着想こそ、面白い。

これは事象の動機と人の始原にまで、思いが至れる創作だったように感じます。

 

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野村萬斎×杉本博司 三番叟公演『神秘域(かみひそみいき) その弐』より
© Sugimoto Studio/ Courtesy of Odawara Art Foundation

 

言葉を申すことは、元来、神に申告し審判されるほど、厳しいものであったわけです。

いわゆる、日本の言霊(ことだま)ともいわれるものも同様で、

それは人に対して発しても、神に通ずるものであったはずです。

言葉を慎み、選び、控える事の大切さを、再びと知る今年となりそうです。

そこに和の文化、一切を削ぎ落とす簡素の美学と智恵が隠されているのでしょう。

兎に角も、めでたき申年が、かくも荘厳なる初めであったことを、

共有し、共感し、共同して行きたいものです。

今年も、よろしくお願い致します。

「千恵っ子よされ」と『縄文文明』

木曜日, 12月 31st, 2015

大吉市

 

今年も、残すところあと4時間になりました。

ようやくみんなやるべきことをやって、嬉々として帰って行きました。

こんなに早く帰れたのは、30年で初めての事でした。

よくみんな働き、よくみんな頑張ります。

まほろばのみんなは最高のスタッフで、胸を張って外で自慢できる仲間たちです。

こんな友に囲まれて仕事が出来ることは幸せなことです。

しかし、これもひとえにお客様からの応援と声援と励ましがあるからです。

本当に有難うございます。

 

千恵子よされ

 

29日からの大晦日まで、恒例の故岸千恵子さんの民謡や歌謡曲が店内に流れます。

もう20年以上も、定番で流し続けて、これを聞くと「あぁ、歳が暮れるなー」と、

心の中で、今年一年と別れを告げるのです。

この時は、明るく景気よく歯切れよく元気な「千恵っ子よされ」でなければなりません。

まほろばの店内に相応しくないとお思いのお客様がいらっしゃるかもしれませんが、

何か、世間体とか見栄とか外聞を突き抜けて、人を元気にするパワーがあります。

それは、多分に、縄文文化が色濃く東北地方に残っているからだと思うのです。

津軽民謡に触れる機会が多いのですが、現代人には忘れられた力強さと哀愁があります。

 

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最近判明した文明論で、浮上してきたのが「縄文文化」の世界史的な位置付けです。

エジプト、メソポタミヤ、中国、インダスの四大文明。

共に、ナイル、チグリス・ユーフラテス、黄河、インダスという大河によって

肥沃な土地に農業革命が起こるのですが、それがまた衰微してゆきます。

およそ、今から3500から4500年前と言われています。

ところが、それよりはるかに悠久の歴史を持続していた一大文明があったのです。

それが、我らの「縄文文明」で、それが15000年から16000年前と言うから驚くべきことです。

この説が、今世界的にも提唱され、受け入れられて来たのです。

何故かは、農業革命が起こらなかったからです。

豊かな日本の四季で、ほとんど木の実・草の根と狩猟や漁労で食糧は賄えたのです。

あえて、自然を破壊して田畑を作って、富の蓄えによって、

身分の上下関係を作ることがなかったのです。

だから、部族間や外部からの争いは全くなかったのです。

 

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それは、遺伝子DNA解析からも、相当明るみになって来ているようです。

その縄文人が多く住まったところが、三内丸山遺跡などが点在する青森などだったんですね。

大和朝廷に見られる醜い争い事は、ずっとずっと後代の事で、

そこには、まるで権力闘争などの血生臭い世界とは無縁の楽園だったのです。

そこに住む人々の底抜けに明るく朗らかな心情を今に伝えている一つが、

津軽の歌や歌い手ではなかろうかと思うのです。

格好を付けぬ直裁に生活ぶりを歌い上げる唄に共感するのには、

深い意味があったように、今更ながら思うのです。

 

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縄文文化でなく、「縄文文明」こそ、迷える世界を先導する生き方そのものではないでしょうか。

そんな生き方を模索しながら、来年はみんなこぞって日本が誇る

この縄文文明を世界文明にする生き方を、それぞれが学び実践してみましょう。

来年を、明るく楽しい年にしましょうね!!!

まほろば創業は、「厚田とうふ」から

水曜日, 12月 30th, 2015

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師走も押し迫ったある朝。

市場の魚の仲買に、何とあの「厚田とうふ」があるではないか!!

30年ぶりに見る厚田村の妹尾さんのとうふに間違いない。

「どうして、ここにあるの?」

「厚田のおばちゃんが、時々届けるんだ。」

あの石狩街道をまっすぐ北に走って行く厚田への海岸線は厳しい。

冬はことに厳しくて、雪の吹き溜まりになる。

そんな街道をバイクで買い付けに行っていた人が、

居酒屋「凡日亭」の今野清美さんだった。

 

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その出会いを作ってくれた方が、今でもお客様で瞑想家の土橋順さんだった。

まだ発寒橋の2階のアパートで細々と店の物真似をしていた頃、

わざわざ、発寒まで家内の食講座を聴きに来てくださっていた。

「『厚田のとうふ』って美味しい豆腐があるんだよ。

西野の凡日亭のおじさんが、厚田まで行って仕入れて来ているから、聞いてごらん」

と言って下さって、早速訪ねに行った。

会うや、たちまちに意気投合して、付き合いが今まで続いている。

それから、ガン缶にとうふを入れてくれて、それを自転車で配達し始めたのだ。

12月からだったから、丁度今の季節で、晴れもあるが、吹雪もある。

今野さんは、吹雪の中をバイクで危険な走行をして来る。

命がけだったに違いない。

 

厚田とうふ 今野さん

 

そんな初めての商売、まほろばの初めが、とうふ売りだったのだ。

常々話すのだが、この雪道を自転車が走ることは、車にとって迷惑この上ない。

だが免許もない私にとって、自転車しか輸送方法がなかった訳だ。

兎に角、必至だった。

クリスマスの夜、行く先々の家で、楽しい宴をしている。

自転車の車が凍り付いて回らなくなり、お湯を借りては溶かして漸く動く。

次の家に着くころには、また車輪が動かなくなる。

何とも言いようのない切なさが込み上げてくる。

こんな思い出を残しての創業であった。

 

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大豆が無農薬だとか有機だとかの至っていない頃の話である。

片田舎の昔ながらの作り方で拵えた素朴なとうふだったからこそ惹かれたのだと思う。

そんな自然食への原点がそこにあった。

それから、共働学舎の宮嶋代表の紹介で、士別の澤田さんとの出会いがある。

炭埋でとうふ作りしている澤田さんとも、かれこれ30年の付き合い。

毎日遠い士別から届けて貰っている。

甘い豆腐が主流になっているが、昔かたぎのがっちりしたとうふだ。

有機大豆は無論のこと、木曽路物産との古い付き合いで、

国内でも、内モンゴルの天然かん水を初めて使い始めたのもまほろばである。

『老豆腐』チベット高原産にがり、有機大豆使用、そしてエリクサー水使用。

澤田さんが、まほろばのためにエリクサーを購入して、その水で作って下さっている。

鎌倉時代、中国から豆腐製造技術が輸入された。

その時、にがりを使う「老豆腐」と石灰を使う「嫩豆腐」の二種が伝わったが、

結局、日本では「老豆腐」の製法だけが残った訳だ。

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まほろばでは、本家本元のこの「老豆腐」を名称にしようとして名付けた。

「老」とは先生などとの敬称でもあり、

さしづめ「豆腐さん」「豆腐さま」という尊敬を込めている。

「老豆腐」は、爆発しないが、これまで地道に売れ続けている、

これも不思議なまほろば商品である。

 

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色々語り尽くせぬ物語りが沢山あるが、こんな「とうふ物語」もあってのまほろば。

いよいよ。今年も残すところあと2日。

店では、みな早朝から気合が入っている!!!

 

「トーク・バトル」inまほろば 新年16日

金曜日, 12月 11th, 2015

 トークバトル 1

    大事は、なにごとかのきっかけで起こる。
自然食と0-リングテストと専務まで、社長に
紹介して、今日「まほろば」があるのは、阿部
一理先生のご縁のお陰。
その阿部先生のCI食養時代の朋友が、武道家に
して整体師、そして哲学者の三枝龍生師。
その共通の知人が、富良野在住の環境保全家で
若手実践派の安藤豪敏氏。

 この3氏が三つ巴になって、16日の夜、トー
クバトルがまほろばの2階で繰り
広げられる。(さらに、三枝さ
んの幼馴染で小中学校の同級生
が、今年「レコード大賞優秀
アルバム賞」を受賞された
アーティストの大貫妙子さん。
そして、阿部先生の知人でもある。
当日、札幌時々在住の大貫さんが、同級生の三枝さんの
話を聴きに、ひょっこり現れて壇上へのハプニングがあ
るかも……? そうなれば四つ巴!!!)

  これは、掛け値なしで面白い!!!
こんなことがあっていいのか位の顔合わせ。
 講演形式を取っ払って、最初から互いが本音
をさらけ出す乱闘劇場「トークバトル」。

  食に、整体に、環境に、芸術に、と思いの丈を語
って頂き、その飛び散る火花で、己が隠されし灯
芯に点火されれば、これは望外の本望!!!
この集いが「目覚めの会」ともなれば、共演者
の願うところ、これに過ぎるものはなし!!!!

                     まほろば主人

 

トークバトル 2

「七五三塩」の恩人

火曜日, 12月 8th, 2015

クレイブさん 厚別

 

先日の年末大売出しで、レモンマートルなどのオーストラリアの商品を

販売されていた豪州出身の「クルッティ」のクレイグ・パークヒルさん。

実は、あの「七五三塩」完成秘話があり、

クレイグさんがいなければ、出来なかったのだ。

それは、・・・・・・・・・・

これ!!!

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北極海である。

「七五三塩」。

つまり、七つの大洋、五つの大陸、三つの山脈。

その七つ。

北と南の太平洋、北と南の大西洋。インド洋。南氷洋。そして北極海。

だが、この北極には、塩が採れない。

というより、採る必要がない。

エスキモーなど、アザラシや魚介を生で食べて充分塩分を補給している。

それに日照時間がないので、天日干しできない。

そういう訳で、北極塩というのが、元よりない。

 

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ユーラシア、アフリカ、オーストラリア、南・北アメリカの五大陸。

アンデス、アルプス、ヒマラヤの三山脈。

この中で唯一、入手できないのが北極塩!!!

さぁー、困った。

そこで、オーストラリア出身のクレイグさんに、

南氷洋の塩のついでに、北氷洋の塩探しに協力して頂いた次第。

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だが結局、北極沿岸の塩の入手は無理だと分かった。

どだい、どこにもない、作っていない。

「そうだ!海水を噴霧することで纏められないか」と発想した。

すると、彼は、何とカナダ大使館に駆け込んだ。

 

アラスカ バロー

 

そのつてで、アラスカ(アメリカ領)のBarrowバローの商船会社を紹介された。

北極圏内は、北緯66.6度以北でなければならない。

その会社、わざわざ船を出してくれて、北緯71°、西経157°の海域で取水してくれたのだ。

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ポリタンクに入れて、空輸で千歳空港に到着。

それが届いた時は、感激というか、天にも舞い上がるようだった。

これで、完成!!!!!

ありがとう!!クルッティさん。

彼の存在がなければ、世界無二の「七五三塩」は、この世に存在しなかった訳です。

 

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それと、もう一つ。

クルッティさんのこと。

奥様は札幌の方。

そして、彼は、驚くほど、日本的だ。

昔の日本人の魂を持っている、とさえ思うのだ。

謙虚で、礼儀正しく、控えめで、静かである。

こんな人、今時居るのか!と思われるほど、我々日本人以上に日本人なのだ。

クレイブさん 本店

 

それは、生まれ育ちがそうさせたのかもしれないが、

それ以上に、彼の祖国と共通している因子があるのではないかと思われた。

実は、「アスタジー」にも入れているユーカリとかレモンマートルなどのハーブ。

みなオーストラリアの東海岸付近で採取されたものだ。

しかし、これらは、決して特殊な異国の香りではなかったのだ。

実は、日本人のルーツ、原質は、Y遺伝子で探ると、

チベットとインド洋のアンダマン諸島、

そしてオーストラリア東海岸付近で発掘されたキーロ人の骨と見事に一致していた。

1万6000年前から3000年前にかけて、東南アジア付近で北方と南方に分かれた。

それは、中国人・韓国人以上に、原日本人としてのDNAが近いのだ。

 

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そのキーロ人の土地に自生するハーブ類が、

何らかの刺激でその古き魂を呼び起こすのではないか、と思った。

強烈な抗酸化作用に伴って、心身ともに還元作用が働くものと思われる。

還元とは、源に帰るということだ。

クルッテイさんが、薦められるハーブ類や精油、ハニーは、

実は、日本人にとって、非常に身近な食物でもあったのだ。

 

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スルマ族の少女

金曜日, 12月 4th, 2015

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カメラマン・伊勢祥延さんが、アジアの貧困国を回って撮り続けた写真の数々。

それを、カレンダーにして、この10年間作り続けてきた。

これを主宰されているお坊さんが、当別の上川泰憲さんだ。

あのヘンプカープロジェクトの時、今は亡き奥様と産業用大麻普及に奔走された。

その上川さんと一緒になって「仏陀バンク(小規模融資)」の運営をされて、

恵まれないアジアの子どもたちに、募金で愛の手を差し伸べられて来た。

ともすれば、島国日本は、自分のことしか考えられなくなってしまっているかもしれない。

日本が、どんなに恵まれ過ぎているか、分からないのが、今の日本人だろう。

その私達を取り巻く幸せの1000分の1、1万分の1でも喜捨したら、

彼らにとって、それこそ1000倍、10000倍になって返って行くだろう。

 

伊勢カレンダー

 

まずは、そのキッカケ作りに、是非来年のカレンダーとして「Meet all the people」をお求め下さい。

¥500です。

その一つの喜捨が、必ず何かを動かすはずです。

あなたのその小さい一歩が、世界を動かすに違いありません。

 

女子 ソルマ族.

 

来年2月頃、上川住職をお呼びして「仏陀バンク」講演会と伊勢さんの写真展をまほろばで開く予定です。

エチオピアの唇プレートの女性をご存知だと思いますが、

今は次第にそのような風習もなくなりつつあるそうで、

スルマ族の12,3歳の少女を写した、その眼差しの深さとエネルギーに感銘しました。

人類の原初を見る思いです。

来年2月には、きっとその銀塩写真が見れると思いますよ。