「オリンピックで勝つための勝負脳の話」
木曜日, 2月 16th, 2012
林 成之 (日本大学大学院総合科学研究科教授)
『致知』2009年1月号
特集「成徳達材」より────────────────────────────────────
競泳日本代表の上野広治監督は
ここで手を抜くことなく、
もう一度オリンピック1週間前の韓国済州島での合宿で、
「オリンピックで勝つための勝負脳の話」
をしてほしいと要請してこられました。
無論、二つ返事で引き受けました。
人間の考え方一つで能力を
最高に発揮する脳の仕組みをまとめて
紹介したかったためです。
これまでで印象的だったのは、監督に呼ばれ、
春の国内選考会を見に行った時、
残り10メートル手前までは
体半分世界新記録や日本新記録より前に出ているのに、
残り数メートルになると、測ったように遅れ、
記録を取り逃がしている光景を目にしたことでした。
私はすぐ気がつきました。
これはみんなゴールをゴールだと思っているなと。
(中略)
つまり残り数メートルはオリンピック選手ではなく、
普通の選手になってしまう
脳のピットホール(落とし穴)にはまる。
【記者:では、ゴールの時はどうすればよいのでしょうか?】
選手にも
「突き指してでも壁の向こう側をゴールだと思うんですか」
と質問されましたが(笑)、私は人間の本能を
使いましょうと言ったんです。
人間には
「生きたい」
「知りたい」
「仲間になりたい」
という3つの本能があるんですね。この
「仲間になりたい」
を使うんです。
かつて「刀は武士の魂」といって、
命懸けで戦う時に刀を抜きました。
それは刀そのものを魂といったのではなく、
自分が刀となって戦うからそう表現したのです。
同じように、残り10メートルは
「マイゾーン」
として、水と仲間となり、
一体化して泳いでくれと。
練習中も、このゾーンは自分が
最もカッコよくゴールするために、
ゴールの美学を追求しながら泳いでほしいと言ったのです。
多くの人は
「命懸けで頑張ります」
と口で言いますが、
命懸けで脳が働くシステムを使っていないのです。
勝負の最中、前回のアテネオリンピックではこうだった、
昨日コーチにこう注意されたなどと考えながら勝負をする。
これは作戦を考えながら戦っているので
命懸けの戦いにならないのです。
命懸けの戦いとは、過去の実績や栄光を排除し、
いま、ここにいる自分の力がすべてと考え、
あらゆる才能を駆使して
勝負に集中する戦い方をいうのです。
これには「素直」でないとできません。
素直でない人、理屈を言う人はあれこれ考え、
その情報に引っ張り回されます。
素直な人は、過去も未来もない、
いまの自分でどう勝負するかに集中できるのです。