「上の人にかわいがってもらうには?」
水曜日, 3月 28th, 2012 『致知』2012年4月号
特集「順逆をこえる」より
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その頃(15歳頃)は自分が料理人になるとは
夢にも思わなかったんですが、
僕が出入りしていた旅館のチーフに
「手に職をつけたほうがいい」と言われ、
当時流行っていた「東京ブギウギ」に誘われて東京へ出たんです。
十九歳の時でした。
家を出ていく時、母は
「六ちゃん、人にかわいがってもらえや」
と言いました。親として一番悲しいのはいじめに遭ったり、
人から嫌われたりすることだったんでしょう。
一方、親父は
「石の上にも三年だ。
行ったからには石に齧りついてでも我慢しろ。
決して音を上げるな」
と。また、両親は浄土真宗の信者でもあり、
幼い頃からこんな話をよく聞かせてくれました。
「おまえは自分の境涯を喜ばなければならない。
この世に生まれてきて、
目の見えない子や耳の聞こえない子もいる中で、
おまえには鼻はついている、耳はついている、
五体満足に全部揃っている。
それを喜ばずに何を喜ぶんだ」。
「辛いこと、苦しいことがあっても嘆いてはいけない。
逆境に遭ったら、それは神が与えた試練だと思って
受け止めなさい」
「たとえ逆境の中にいても喜びはある」。
そういう言葉の一つひとつが、
僕の人生において非常に支えになりましたね。
(料理の世界に入ってから)
僕は調理場でもなんでも、
いつもピカピカにしておくのが好きなんです。
例えば鍋が煮こぼれしてガスコンロに汚れがつく。
時間が経つと落とすのが大変だから、
その日のうちに綺麗にしてしまう。
そういうことを朝の三時、四時頃までかかっても必ずやりました。
それで、オヤジさんが来た時に
「お、綺麗やなぁ」と言ってもらえる。
その一言が聞きたくて、もうピカピカにしましたよ。
だからかわいがってもらえたんですね。
それと、毎日市場から魚が入ってくるんですが、
小さい店ですから鯛などは一枚しか回ってこない。
でも僕は若い衆が大勢いる中で、
その一枚を自分でパッと取って捌きました。
そうしないと、他の子に取られてしまいますから。
ただ最初のうちはそういうことを、
嫌だなぁと思っていたんです。
というのも、「いいものは他人様に譲りなさい」と
親に言われて育ってきましたから。
半年ぐらい随分悩んだんですが、
でもそんなことばかりをやっていたら、
自分は負け犬になってしまう。
だから僕も、まだ青いなりに
「仕事は別だ」って思ったんですよ。
仕事だけは鬼にならなけりゃダメだ、と。
そう思って、パッと気持ちを切り替えたんです。
結果的にそういう姿勢が先輩や親方からも認められ、
それからはもう、パッパ、パッパと仕事をやるようになりました。
* *
僕の若い頃には「軍人は要領を本分とすべし」
とよく言われたものです。
要領、要するに段取りでしょうな。
だから要領の悪い奴はダメなんですよ。
そうやって先輩に仕事を教えていただくようにすることが第一。
仕事場の人間関係でも一番大事なのは
人に好かれることで、もっと言えば
「使われやすい人間になれ」
ということでしょうね。
あれをやれ、これをやれと上の人が言いやすい人間になれば、
様々な仕事を経験でき、使われながら
引き立ててもらうこともできるんです。