中村 貴司 (リ・クーブ顧問)
『致知』2012年4月号「致知随想」
※肩書きは『致知』掲載当時のものです
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数年前、和歌山のある食品工場では、
大手飲料メーカー数社から製品の製造を請け負い、
年間約五千トンもの茶の搾りかすが出ていた。
工場ではその全量を産業廃棄物として扱ってきたが、
時代の流れとともにリサイクル化の必要性が叫ばれ始めた。
担当者はいくつもの業者に生ごみ処理機の導入テストを行い、
堆肥化を図ったそうだが、いずれも排水処理や騒音、
悪臭などの問題に直面し、頭を悩ませていた。
そこで弊社が開発した業務用生ごみ処理機を持参し、
「二十四時間以内に九十%以上が消滅し、
余剰菌床は肥料になります」
と伝えたところ、皆、半信半疑の様子だった。
しかし翌日処理機の中を見て、
「おぉ」と驚きの声が上がったのである。
弊社が開発した生ごみ処理機は、
自然界の土壌から抽出した特定土壌菌を特殊培養して配合した
「クーブ菌」という細菌を用いる。
それによって食品廃棄物を水と炭酸ガスに素早く分解し、
消滅させてしまうのである。
野菜くずなどであれば、ほんの数時間で分解消滅ができる。
現在、滋賀県のもやし工場や鳥取県の
大手食品スーパーなどに弊社の大型機が導入されるなど、
全国からも少しずつ問い合わせをいただくようになった。
これまでも生ごみ処理機を製造していたメーカーは
多くあったが、導入後に悪臭などの諸問題が発生し、
結局一過性のブームに終わってしまった。
その理由は、開発者が微生物というものの世界を
あまりにも知らな過ぎたことにあるだろう。
私が環境問題に取り組み始めたのは、
三菱重工業に勤務していた昭和四十六年頃、
三十代前半のことだった。
その数年前より日本では公害が社会問題となり、
公害対策基本法や水質汚濁防止法など様々な法律が生まれ、
大企業には専門の管理者を置くことが義務付けられた。
私も新たにそうした部署に配属となり、
微生物などの研究をしていたが、
その後に偶然出会ったのが河野良平という技術者だった。
彼もまた生ごみ処理機を開発するにあたり、
悪臭等の問題に頭を悩ませていたが、
微生物の世界についてはまったくの素人だった。
そこで私がきちんと説明をしていくと、
河野氏もなるほどそうかと合点がいったようだった。
人間の性格が一人ひとり皆違うように、
細菌もそれぞれ異なる性質を持っている。
また、人の体調が毎日変わるように、
細菌の体質も日々変化している。
それほど繊細な対象を扱っているにもかかわらず、
その研究が十分になされないまま
処理機の開発がスタートしてしまったため、
思うような結果が得られなかったのである。
環境の世界は、どれか一つの分野を
専門的に勉強すればよいというものではない。
例えば私は環境に関連した国家資格を二十以上持っているが、
自分の勉強したものが少しずつでも脳の中に残っていると、
次の時代に何がキーワードとなるかを知る
大きな手がかりとなる。
これからは、微生物がどのように
我われに関わってくるかといったことをきちんと検証し、
いかに産業に生かしていくかが大切で、
その主たるものの一つが生ごみ処理機ではないかと私は思う。
江戸時代、江戸の街はパリと同じく百万都市といわれた。
しかしそれぞれの街の生活様式は随分と違う。
なかでも廃棄物、特に屎尿に関しては顕著である。
パリではあちこちで用を足す人が絶えず、
こんな悪臭が出てはたまらないという理由で下水道が整備された。
一方の日本はこうである。
徳川家康は百万の人間を食べさせていくために、
疲弊していた関東ロームの土地に作物をつくることを考える。
家康は屎尿をいかに有価物に変えるかを考え、
屎尿を腐敗させて土に還元することで土壌を豊かにし、
そこに作物を植え、人々の食料を確保しようとした。
一説によると、人間の腸内には約百種類の菌と、
百兆個もの腸内細菌が存在するという。
祖母は私の幼い頃、
「便所は人間にとって神聖な場所や。
そこを出てくる時はちゃんと頭を下げて出てこいよ」
とよく話していた。
そのおかげで私は幼い頃から、
微生物に対する敬虔な気持ちを持つことができたのだと思う。
ある方の話によると、大便の中にあるのはほとんどが生菌で、
完全に分解できないものはわずか三%ほどしかないのだという。
そういう様々な菌の助けを借りて
人間の体が維持されている。
生ごみ処理機においても、攪拌機の中の環境を整え、
活力ある細菌の居場所をつくってあげることが
何より大事になってくるのではないかと確信している。
いま世の中には、多くの生ごみ処理機が
倉庫に眠ったままになってしまっていると聞く。
我われのクーブ菌を有効活用していただくことによって、
その処理機に再び生命を与えることができれば、
おそらくこの産業は飛躍的に伸びていく。
それが地球環境の保全へと繋がっていけば、
開発者としてこれに勝る喜びはない。