まほろばblog

Archive for 9月 20th, 2012

キリストに妻?!

木曜日, 9月 20th, 2012

今さらの感もあるが、「イエスに妻が」居たことが話題になっている。

あの「ダ・ヴィンチ・コード」で物議を醸し、映画は世界的にセンセーションを起した。

これに関する文献は枚挙に暇がないほど、溢れている。

実際、若き日に読んだ「聖書外典」には散見できていた。

客観的歴史性から紐解いても、決して故なきことではない。

これらのこと、「エリクサーから無限心へ」の小冊子に詳しい。

それにしても、パピルスとコプト語・・・・というと、

遠い古代に、ロマンの夢が馳せてゆく。

銀巴里の灯がまた消える・・・・・・

木曜日, 9月 20th, 2012

札幌すすき野の「銀巴里」の幕が閉じるという。

銀座の銀巴里のことは、もう去りし日のこと、今や見聞きするすべも無い。

ただ金子由香里さんや三輪明宏さんの映像やレコードで、当時を偲ぶしかない。

その雰囲気を伝えるべく札幌の銀巴里の灯も消えるという。

寂しい限りだ。かといって、常連でもなく、数度ドアを潜っただけなのだが、

ただ、そこのママが、まほろばの初期からのお客様で、西野に住んでいらっしゃった。

そんな間柄で、初めて有機野菜の米内会長に連れられてお邪魔したは20年も前のこと。

なかなか、身近にシャンソンは聴けないものの、

唯一札幌での本格的ステージが堪能できる聖地でもあった訳だ。

また一つ、文化の灯が消えるのかと思うと、何か後ろ髪の引かれる思いでもある。

やはり、そういう何ともいえない歌の数々を聴けない世代が、

世の中の大半になったせいであろう。

しみじみと人生の哀歓を味わう心の受け皿がなくなってしまった。

江差追分から

木曜日, 9月 20th, 2012

明日から江差町では、「江差追分」第50回全国大会が開催される。

記念すべき大会で、全国で、これほど大掛かりな民謡大会はないという。

私も少し関係しているので、土曜から見学したいと心待ちにしている。

何時も、江差追分の大家・青坂師匠がおっしゃるのは、上記の新聞記事のように、

コンクールで審査基準が設定されると、それに合わせて練習して、

本来の持ち味の情緒性が失われてゆくという懸念である。

これは、どんな分野でもいえることだが、一つのものを統合することで、

様々な多様性、多義性、多面性が失われてしまうということだ。

江戸・明治期、幾多の古調追分が散在していたのを、一つにまとめ正調追分を標準化した。

当初、それで試行錯誤して一つの方向性で進んだが、

それが安定期になって、それぞれの技法が先鋭化されると、

技術的には極めて高度になってゆくのだが、逆に最も大切な情緒性が損なわれて来た。

追分は、元々地場のもので、漁師や浜で暮らす人々の哀歓が底に流れている。

唄が広がり、生活臭がなくなった都会人が洗練させてゆくのはいいのだが、

逆に、本来の味や本質から遠ざかる。

果たして、競争という原理で、何が残り、何が失われてゆくか。

甚だ、憂うるものがある。

情緒を忘れず、技術を磨くことが、最上の道なのだろう。

これは、現代社会の警告でもあり、示唆でもある。