堀内 永人 様(静岡県三島市在住 82歳 作家)
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■はじめに
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人は馬齢を重ねると、経験が豊かになり、
少々のことには動じなくなる反面、頑固にもなる。
80歳を過ぎて「世捨て人」ならぬ
「世拗(す)ね人」となった私は、
新聞やテレビで報道される若者たちの生態を見て、
「近頃の者はなっておらん」
とかなんとか言って、腹を立てることが多く、
感動することは、すっかり忘れてしまった観がある。
そんな折、三戸岡道夫先生
(作家、『二宮金次郎の一生』の著者)から、
「ちょっとした小話のネタにいいと思いますので、
ご参考までにお贈りいたします」
と、書かれた便箋が添付されて、1冊の本が送られてきた。
その本の題名は、
『心に響く小さな5つの物語』
(藤尾秀昭著、致知出版社、価格は1,000円)
俳優の片岡鶴太郎氏の筆になる挿し絵が、
随所にちりばめられた上製本で、
巻末の「あとがき」まで入れて、77ページ。
ちょっとの空き時間を利用して、気軽に読める本である。
一見、詩集と見紛うばかりのこの可愛い本が、
私の鼓動を止めてしまうほどの感動を与えようとは、
このときはまったく思いもしなかった。
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■最初のおどろき
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それから、数日後の夜、私はベッドに横になり、
この『心に響く小さな5つの物語』を開いた。
本は、14ポイントくらいの大きな活字で、
しかも、1行25字、1ページ8行、
1ページ平均100字くらいの文字数である。
視力の衰えた私にも、老眼鏡なしで、らくらくと読めた。
第1話は、小学生の作文を引用して書かれてあり、
2分足らずで読んでしまった。
「そうか! この作文を書いたのは、
小学6年生の時の鈴木一朗君か。
〈栴檀(せんだん)は二葉より芳し〉
というが、これは、この少年のためにある詞(ことば)だったのか」
第1話を読み終えた私は、目を閉じ、大きく深呼吸して、
胸の高鳴りを抑えた。
それほど、感動したのである。
続いて第2話も、あっという間に読んでしまった。
読み終わった私は、言葉や文字では表現できないほどの、
大きな感動が胸いっぱいになり、胸がジーンとなった。
口を利けば、涙がこぼれてきそうだった。
ここ10年、いやいや80余年の人生のうちで、
これほど大きな感動を受けた本があっただろうか。
隣りのベッドにやすんでいた老妻が、
私の挙動をいぶかしんで起きあがり、
「どうかなさいましたか?」
と、声をかけてきたほどである。
私は、声が詰まり、返事ができなかった。
「いや、なんでもない」
それだけ言うのがやっとだった。
口を利けば涙がこぼれそうで、それ以上は言えなかった。
私は、本を両手に持ったまま両眼を閉じ、
しばらくの間、胸の高まりの静まるのを待った。
一呼吸の後、私は、
「先日、三戸岡先生からいただいた、
この『心に響く小さな5つの物語』を読んで、
久し振りで感動した。胸が熱くなった。
実に素晴らしい本だ。
字も大きくて、平易なことばで書かれているので
とても読み易い。
年寄りから小学生まで読めるとてもいい本だ。
あとで読んでごらん」
そう言って、表紙を老妻に見せた。
老妻は、日頃「冷血動物」と揶揄(やゆ)されている私が、
珍しく涙ぐんでいたので怪訝な顔をして、
「そう、どんな内容の本ですか?」
と言って、螢光灯スタンドの灯りに照らされた表紙と私を、
半々に見ながらベッドに戻った。
この『5つの物語』を読んだ、
青森県の中学3年生の小崎絢加(おざき あやか)さんは、
私が、この物語を読んですばらしいなと思ったのは、
物語自体は、この大きな世界で、小さな小さな物語だけども、
この物語を通して私の心に響いてくるものは、
とても大きなものということです。(後略)
と、感想文に書いている。
(致知出版社、『5つの物語新聞』、平成22年7月15日号所収)