「婦人の心を一変させた赤ちゃん」
金曜日, 4月 12th, 2013 鈴木 秀子(文学博士)
『致知』2002年3月号
特集「この道を行く」より
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私、この間こういう体験をしたんです。
渋谷から横浜に行く東横線で、
目の前の座席に、五十代半ばぐらいの、
上から下までブランド品で身を固めた
ご婦人が座ってたんです。
きれいな人なんですが、どこかしら、
なんとも言えない陰気な雰囲気が漂っているんですね。
私はどうしてこういう人と向かい合わせに座ることに
なっちゃったんだろうと思いながら、
頭の中で、この人はきっと家で喧嘩してきたに違いないとか、
そんなことを考え始めたんです。
そこで気分を変えようと本を読み始めて、
しばらく後で目を上げると、その同じ人が、
さっきとは全然違う感じで、和やかにニコニコしながら
本当にいい雰囲気をあふれさせているんです。
え? これが同じ人かと思って。
そうしたらその人の視線が
ずーっと遠くにいってるんです。
何がこの人をこんなに変えたんだろうと思って、
視線をずっと追っていったら、
赤ちゃんがその人に手を振っていたんです。
私はそれを見たときに、ああ、
これからの世の中はいろんな変化が起こるけれども、
大事なのは、一人ひとりが、人に接したときに、
あるいはいろんな出来事のなかで、
その人の人間の深いところにある優しさ、人間らしさ、
そういうものを引き出すような生き方を
することではないかと、しみじみ感じたんですね。
私は目の前に座っていて、
いやな人と目を合わせないようにしていたから、
私からもいやなものが伝わっていったと思うんです。
でも赤ちゃんは本当に無心にその人にある
人間的な優しさを引き出したんです。