まほろばblog

Archive for 5月 9th, 2013

「奇跡の美術館はこうして生まれた」

木曜日, 5月 9th, 2013
  蓑 豊(兵庫県立美術館館長、金沢21世紀美術館特任館長) 

           『致知』2013年6月号
               特集「一灯照隅」より

└─────────────────────────────────┘

金沢市長から(金沢21世紀美術館館長就任の)オファーを
いただいたのは2003年で、六十二歳の時です。

美術館予定地の向かいにあった県庁が移転し、
四千人いた人通りが途絶えたために街は一気に寂れ、
商店街ではシャッターを下ろす店が相次いでいました。

ただ当時、私は大阪市立美術館の館長をしていたので、
両方をやるわけにはいきません。

大阪市長に話をしていただき、それで許しが出れば行きます、
ただし行っても週一回程度ですよと話をしていたんですが、
その割合がいつの間にか逆転してしまいました。

自分でもよく働いたと思います。
学芸員はよく知っているんですよ。
現代美術は人が来ないと。

私は記者会見で、目標は年間四十万人と公言したのですが、
学芸員は「五、六万人入ったらいいほうですよ」と
言うから凄く怒ってね。

「君たち、ここには市民の税金を二百億円も使っているんだ。
  市民全員の四十六万人が来ることを考えろ」

とハッパを掛けました。
とにかく十万人は目途がつかないと安心して寝られないので、
まずは十万人を確保しようと。

それで目をつけたのが、子供たちですよ。
金沢市内には小中学生が四万人いるというので、
じゃあ全員連れてこようと。

初年度から追加予算を認めてもらうのは大変でしたが、
市と掛け合ってなんとか五千万円の予算を取り付け、
全員をバスの送迎つきで無料招待することにしたんです。

次に目をつけたのが美術館の建設に携わった人たちです。
調べてみると延べ二万人、実数三千七百人くらいいると。

その人たちの名前をプレートに刻み
「この美術館の建設に携わった人々」と題を付けて
地下のシアター前に掲げる。

そうすれば、本人はもちろん、その人が家族を連れて
一緒に来てくれるに違いないと考えたんです。

それは彼らの誇りにもなるし、やる気も出てきますからね。
これでさらに一万人は見込めるだろうと。