まほろばblog

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「大哲学者カント誕生秘話」

月曜日, 7月 29th, 2013
          『致知』2008年1月号
           特集「健体康心」総リードより

Kant[1]

ドイツの哲学者カントは、
馬の蹄鉄(ていてつ)屋の子に生まれた。
生まれつきのくる病であった。

背中に瘤があり、乳と乳の間は僅か二インチ半、
脈拍は絶えず百二十~百三十、喘息で、
いつも苦しげに喘いでいた。

ある時、町に巡回医師がやってきた。
少しでも苦しみを和らげられたら、と
父はカントを連れて診せに行った。

診てもらってもどうにもならないことは、
カント自身も分かっていた。

そんなカントの顔を見ながら、医師は言った。
その言葉がカントを大哲学者にするきっかけとなったのである。

「気の毒だな、あなたは。
  しかし、気の毒だと思うのは、
 体を見ただけのことだよ。

 考えてごらん。
 体はなるほど気の毒だ。
 それは見れば分かる。

 だがあなたは、心はどうでもないだろう。
 心までもせむしで息が苦しいなら別だが、
 あなたの心はどうでもないだろう。

 苦しい辛いと言ったところで、
 この苦しい辛いが治るものじゃない。

 あなたが苦しい辛いと言えば、
 おっかさんだっておとっつぁんだって
 やはり苦しい、辛いわね。

 言っても言わなくても、何にもならない。
 言えば言うほど、みんなが余計苦しくなるだろ。

 苦しい辛いと言うその口で、
 心の丈夫なことを喜びと感謝に考えればいい。

 体はともかく、丈夫な心のお陰で
 あなたは死なずに生きているじゃないか。

 死なずに生きているのは丈夫な心のお陰なんだから、
 それを喜びと感謝に変えていったらどうだね。

 そうしてごらん。
 私の言ったことが分かったろ。
 それが分からなければ、あなたの不幸だ。

 これだけがあなたを診察した私の、
 あなたに与える診断の言葉だ。

 分かったかい。

 薬は要りません。

 お帰り」

 カントは医師に言われた言葉を考えた。

「心は患っていない、それを喜びと感謝に変えろ、
 とあの医師は言ったが、俺はいままで、
 喜んだことも感謝したことも一遍もない。

 それを言えというんだから、言ってみよう。
 そして、心と体とどっちが本当の自分なのかを
 考えてみよう。

 それが分かっただけでも、
 世の中のために少しはいいことになりはしないか」

大哲学者の誕生秘話である

 (宇野千代著『天風先生座談』より)。

健康とは、健体(すこやかな体)と
康心(やすらかな心)のことである。

体を健やかに保つこと。
それは天地から体を与えられた人間の務めである。

そしてそれ以上に大事なのが、心を康らかに保つことだ。
体が丈夫でも心が康らかでなかったら、健康とはいえない。

いや、たとえ体が病弱でも心が康らかなら、
生命は健やかである。

これは人間個々から小さな組織、国家まで、
あらゆる生命体にいえることであろう。

カントの逸話は私たちにそのことを教えている。