まほろばblog

クララ・ハスキル

9月 27th, 2017

 

ハッとする美しさ。

ギリシア彫刻のビーナスを思い起こさせる端正さ。

そのモデルは、かくやあらん、と。

あの名ピアニスト、Clara Haskilクララ・ハスキルの若き日の姿態である。

 

 

 

それが、幾星霜経って、老練のハスキルが完成される。

そうは言っても、65歳での登天。

一ファンとしても、人の一途な生き方の末を思う。

不幸な前半生を超えて、次第に名声を得て行った。

出生が、ユダヤ系であったためか、

何か神秘的で霊感に満ちた音感に魅了される。

メニューヒンに通じる何かが、

レコードを通しても聴こえて来る。

 

 

 

大貫妙子さんの御父、生還特攻隊員の苦悩

9月 25th, 2017

 

「続倭詩」の第23章『散華の海、帰郷の山』。

これは大貫妙子さんの御父、大貫健一郎氏の生き残り特攻隊員としての半生の苦悩を書いたものである。

国民のほとんどが、死地に向かった特攻隊員は、みな潔く南の海に散って行ったものと思い込んでいた。

だが、その半数は、何と国土に戻っていたのだ。

健一郎氏を待っていたのは、生き地獄の牢獄「振武寮」であった。

そこで行われたものは、何であったか。

そして、それよりも何故、非道の特攻隊が発案され、実行に移されたのか。

それを、戦後70年経った我々国民は知るべき時に来ている。

そこを大貫妙子さんは、戦後失われた日本人としての生き方、

「覚悟を持つ」ことと静かに語る。

彼女の「空蝉の夏」を底本にした『散華の海、帰郷の山』を是非読まれたい。

またNHKドキュメント「振武寮の実態」をも合わせて観られたい。

 

紅い手かざし

9月 23rd, 2017

 

秋の吊りもの。

紅葉色の葉に添えた言葉「紅い手かざし」。

手かざしと言えばある種、宗教的行為を連想する。

ちなみに、野口晴哉師の整体に、「愉気(ゆき)」という行法がある。

掌に気を集中させ、相手にかざすと、元気が賦活するというもの。

師がこれを用いると宗教になることを諌めた、とか。

たしかに、手当と言おうか、手かざしと言おうか、あるようではあるが・・・・。

しかし、そういうことより、私が一番先に思い浮かべるのは、

やはり、母の手かざしと言おうか、手当であった。

「お腹がいたい!」と言えば、

母が飛んで来て、手でさすると、不思議に治っていた。

それは、母と繋がっていたいという要求が、そうさせていたので、

実際、触られて一体感を確かめると、それだけで何事もなくなる。

自然は、いつも無数の手を広げて、我々を受け入れて、そして癒してくれている。

秋の紅葉もまた、赤ん坊の紅葉の掌のように広げて、温めてくれる。

何を温めている?

そう、冷え切った人の心、凍てついた世を温めようと、

自然は紅々と燃えて、絶望を希望に変えようと働いてくれている。

作曲家「バッハ」の伝記映画製作へ

9月 20th, 2017

小さい頃から、作曲家の伝記映画が、何かしら好きだった。

ベートーベン、モーツアルト、シューベルト、シューマン、コロンボ……

心ときめきながら、画面に食い入っていた。

ところが、今度、あのバッハが映画化されるという。

これは興味津々、世界中で見たい方も多かろうと思う。

そうして、あのように神が書いたかのような曲が、どうして紡がれるのか。

それが伝わるような演出があるのかしら?

作曲家バッハの伝記映画 G・ドパルデュー、M・フォン・シドーら共演

2016年11月20日 19:30

  • ジェラール・ドパルデュー& マックス・フォン・シドー「ハンナ・アーレント」

ジェラール・ドパルデュー&
マックス・フォン・シドー

[映画.com ニュース] 音楽の父とも呼ばれる18世紀ドイツの大作曲家、ヨハン・セバスチャン・バッハの伝記映画が製作されることがわかった。

米ハリウッド・レポーターによれば、新作「バッハ(Bach)」は現時点では主役のバッハ役はキャスティングされていないが、仏俳優ジェラール・ドパルデュー、スウェーデン出身のマックス・フォン・シドー、独俳優アクセル・ミルベルク(「ハンナ・アーレント」)、独女優マリアンネ・ゼーゲブレヒト(「バグダッド・カフェ」)の出演が決定しているという。

ジェフリー・フリードマンが脚本とプロデュース、エリック・スタイルズが監督を務める。監督と脚本は比較的無名の存在だが、撮影監督にはビットリオ・ストラーロ(「地獄の黙示録」「ラストエンペラー」)、音楽にガブリエル・ヤーレ(「イングリッシュ・ペイシェント」)、編集にタリク・アンウォー(「英国王のスピーチ」)と、錚々たるメンバーが揃った。

バッハの伝記映画といえばジャン=マリー・ストローブとダニエル・ユイレの「アンナ・マグダレーナ・バッハの日記」(1968)があるが、モーツァルトの「アマデウス」に匹敵するようなメジャーな作品はこれまで製作されていない。



 

良き師に、良き弟子あり

9月 18th, 2017

 

朋友の三輪さんから、今日も読売新聞朝刊に、

小泉先生の記事が載っていたと送って下さった。

新聞を取ってない者として、誠にありがたい友情に感謝。

恩師・鈴木明治東京農大教授の愛弟子・小泉先生に遺した12冊の翻訳ノート。

そこには、中国酒の大全が丁寧に楷書で分かり易く綴ってあった。

ご自分の研究功績も、弟子に譲って、名前を控えられたとか。

何という子弟思いの美徳であろうか。

今は、学生に研究させて、その精華を自分の名で留める論文が多い中で、まさに美談である。

あの「満殿香酒」の幻の銘酒も、鈴木先生のお導きなのかもしれない。(「倭詩」鼎談348p参照)

その恩徳に報いるがため、逆にご自分は極力表に打って出て、その裏の功績を世に結実させようと東奔西走。

小泉先生は、決して昂らず、奢らず、控えめで、謙遜であられる。

必ず返礼の書信と品を届ける律義さ、誠実さは、まことに別格である。

高名にして、無名を等閑にせず、有識にして、無識を軽んぜず。

故に、研究執筆の長く続き、ご活躍の場の広く、親しき人の何と多いことか。

師弟愛は、篤実という人徳をも、玉の如く切磋琢磨したのであろう。

今の世に無くなった、誠に羨むべきも美しい関係であった。

岡博士「トマト醤油ごはん」を食す!

9月 18th, 2017

 

先日、「みそ醤油ごはん」を紹介したところ、

知友の三輪さんから、資料を戴いた。

それは、岡潔先生が、「トマトごはん」を食べていた、という記事であった。

昭和61年のアサヒグラフの「わが家の夕めし」というシリーズ。

トランジスターで野球を聞きながら、ビールを飲み、お菜をたべ、

ご飯は漬物か、トマトを載せて醤油をかけた「トマト御飯」ですます、というもの。

あの時代で、トマト御飯とは、えらいハイカラだなー、と思えた。

考えてみると、野菜サラダをとりながら、ご飯を食べる。

口の中では、トマトも米も一緒くたになっている。

その差、何秒かの違いだ。

だから、一緒に食べるのは、可笑しくはないのだ。

何故、可笑しいと思えるのは、我々が可笑しいのではないか。

これが常識という可笑しさである。

 

 

早速、仕込んでみた。

「うまい!」

ことに、我が園のトマトだからか、醤油だからか、とにかく新鮮な驚きとうまさだ。

でも、この組み合わせはチョット考えられない。

誰もが、エェ!と思うだろう。

しかし、北海道のバターご飯は、内地の人に言わせれば、アッ!なのである。

しかし、沖縄・台湾では、ごはんに砂糖をまぶして食べると聞いたら、北国では、エェ!なのである。

所が、変われば、である。

 

それよりも何よりも、岡博士の「勝手気まま食」という食事観である。

① めいめいが勝手に食べる。(これ現代の問題、個食ではないか?だが、家族は明るく元気!)

② 時間が来たら食べるのはおかしい。頭が空っぽに成ったら、お腹が空いて、初めて食べる。(これも、最近言われている)

③ 食欲は高尚でないから、食事には関心がない。(食欲で、健康を害しているのがほとんど)

基本的には、食の為に人生があるのではなく、人生の為に食がある。

数学に没頭したら、食も睡も忘れて、周りが全く見えなくなるほど集中する一事と一途。

まだまだ食にとらわれて、この一事と一途が見えていない。

少々、後口が、ほろ苦い「トマト醤油ご飯」でした。チョンチョン。

 

 

 

 

フェノロサが繋ぐ縁

9月 17th, 2017

波多野氏とお会いするや、開口一番。

「実は、まほろばとは7年前に縁が繋がっていたのですよ!」。

2010.6.20のまほろばブログで、TAOの名のコメントが確かに。

既に結ばれた縁だった。

氏のFBに記されてあるが、改めてエバレット氏、宮本さんとの関りをご紹介する。

ー再載ー

2010年06月20日

●現代のフェノロサ「エバレット・K・ブラウン」

ebaretto hitori.jpg

『日本力』という対談集。
編集工学というジャンルを確立し、
知の巨人といわれている松岡正剛氏。
「千夜千冊」というタイトルでブログに書評を書き続けている偉業は圧倒的だ。

その相手が、フォト・ジャーナリストのエバレット・ブラウンさん。
丁々発止、堂々と互角に渡り合う姿には、少なからずドギモを抜かれた。
しかも外国人で巧みな日本語というより、ディープな日本を知らなければ語れない和語。
その遣り取りに、眼を覚まされるほどの、日本への視線、目線に驚かされる。
というより、教えられる。

nihonnryoku.jpg(「日本力」¥1600〔税別〕 まほろば扱い)

松岡氏をして「平成のフェノロサ」と言わしめた。
知的でもあるが、それ以上に情感豊かな語り口や間取りは、遠い日本人を思い出す。
原風景と言おうか、自分の奥にいたはずの自己に気付かされるほどの説得力。
どんな対談や、どんな書物より、何か心のひだに語りかけてくる深み。

その彼を「知恵の木」の宮本さんが6日にまほろばに連れていらした。
身近に彼に接し、その震えるような繊細な感受性、しかもズドーンと身体のセンターが
グランディングしている霊気に、何か惹き付けられるものを。
地下洞にご案内すると興味を示され、幾枚も写真を撮られた。

ebaretto futari.jpg

何処を撮っても、それ自身の姿態が画になる。
例の如く、この由来を説明すると、驚きの表情をされた。
最後のマグダラのマリアに象徴される「母性」のこと。
そこで、感嘆の声を上げられたのだ。

実は3日前まで、「マリア」をテーマにヨーロッパに渡り、南仏ピレネー麓のルルドに行かれたという。
その辺りの消息や奇跡は「知恵の木」さんのブログに詳しい。
エリクサーにもルルドの水が入っている。
そして、その近くが、サント・マリー・ドゥ・ラ・メールの地、マグダレーナの聖地でもあった。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1514152756&owner_id=7893028

そして北緯43度線上のプロバンス、トスカーナのフィレンツェやミルウォーキーの
発酵ラインに沿って旅したという。
何というシンクロ!!
そして、惹き付けられるように、今此処にいらっしゃる。

ebaretto ph maturi.jpg

かつて、黒船来航の折、各職の民間人も多く乗船したという。
その中に写真家・エリファレット・ブラウンがいた。
彼こそ、エバレットさんの先祖であった。
今、同じカメラを担いで、日本の昔を撮り続けている。

幕末の日本の豊かな自然、たおやかな心、それは異国の人を魅了して止まないものだった。
脈々と引き継がれる精神の系譜と求道。
不思議な体験と縁生で、日本に住むようになった彼。
異国の地で、祖先と合体した視点は二重のフォーカスで、更なる日本の地底を覗き見る。

江戸から明治初期頃のレンズを入手した彼は、
早速、当時の写真箱を再現して、撮す事を思い立った。
そして、名人の手漉き和紙を印画紙に現像させた湿板写真の一枚。
それは現代の被写体でありながら、どこかか茫洋として遠くを見詰める百年以上前のそれであった。

ebaretto phmatu.jpg

限りなく細密になった現在のカメラ技術。
だが、進化の美名の元に、何かを撮り忘れ、置き忘れたものがそこには映っていた。
白黒の陰影が、より一層それを色濃く際立たせていた。
我々は、今まで何をして来たのだろうか、と静かに訴えている。

確かに、日本人の誰もが指摘できなかった切り口、語り口で、
今エバレットさんは、語り始めた。
それは月並みに言えば「日本再発見」なのであるが、
自分探し、「自己再発見」の旅路を案内してくれている。

これは手に取り、じっくり読むに値する啓発の書でもある。
何時か「知恵の木」さんで催したというフォトレクチャーをまほろばでも開かれる事を。
それは、久々に実りある語りであるはずだ。
そう、エバレットさんこそ、日本の語り部として遣わされた人に違いない。

それが、マリアか八百万の神々かは分からないが・・・・・

ebaretto satuei.jpg

コメント

エバレットさんの流れでたどり着きました。はじめまして!

九州阿蘇小国町寺子屋TAO塾の波多野です。

素敵な時間を過ごしたようですね。

私も先月、エバレットと熊本県立大学で対談した後、一緒に幣立神社に行きました。

時代は確実に面白い方向に進んでいるようですね。

素敵なブログを知りありがたい気持ちでいっぱいです。

これからもどうぞよろしくお願いします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

再びと、このブログを見た日が、何とこの9月13日同日であった。

すべて定められた天数でしょうか。

「続 倭詩」の中『美しき日本、日本の美しさ」(その弐)にある

フェノロサの日本文化歴史発掘への貢献、いかに大なるかを綴ったもの。

波多野氏もまた、隠れた日本文化・東洋精神を掘り起こす現代のフェノロサでありましょう。

波多野氏の「倭詩 正・続」に貼られた付箋と線引きの夥しさに驚嘆した。

相手への表敬と誠意、いかに精緻に勉強され、

そして何事も自分の血肉にされているかを垣間見て、襟を正さざるを得なかった。

波多野氏のTAO、正に『道』が世に敷衍されますこと、

益々のご活躍あらんことを祈ります。

 

 

 

 

「複眼思考のススメ」の素晴らしさ!

9月 17th, 2017

 

先日14日朝、まほろばで阿蘇・TAO塾主宰の波多野毅氏の講演会が開かれた。

「複眼思考のすすめ」と題したお話。

一言「これは、まほろば紹介ではなかろうか?!」

と思うほど、まほろば的、いやまほろばを言い当てて下さったような内容。

会場一杯の参加者は、笑いと喜びの渦で、舞い上がっていた。

これほど、盛り上がった講演会も、かつて無かったのではなかろうか。

 

収穫半ばで、途中から車で仁木から飛ばして来た私は、その異様な盛り上がりに半ば圧倒されていた。

スタッフ山田成子ちゃんから、開催の話を受けた時、すぐ「いいよ!」と快諾したものの、お会いしたことがない。

http://www.mahoroba-jp.net/about_mahoroba/tayori/topix/topix2017/topix2017_9/201709yamatyan.pdf

今までの彼女との経緯は、皆シンクロだらけで、今回初めて未知との遭遇だった(笑)。

しかし、今までのことを思うと、今回の出会いもきっと何か大きな意味合いがあるのだろうと期待してた。

ひと月も店に帰っていない私が、満を持して中抜けしたのである。

 

 

一聴、その内容を伺い「なるほど!!」と合点した次第。

非常に分かり易い話しぶりは漫談のよう。

リズミカルなテンポ、的を得た譬え、的確な図柄と写真、

2時間もの間飽きさせぬ内容は、みんなの心を鷲づかみにしたのではなかろうか。

従来の陰陽論、無双原理を超克し、一元・多元を包括した物事の見かた、捉え方に、

みな笑いを堪えながら、心に刻みながら染み入ったはずである。

余りにも万端多岐にわたり、言い及んでおられたが、

あのバカボンのパパ、何事も「これでいいのだ!」に尽きるのではなかろうか。

そして、バカボンはBuddhaであったというのも痛快にして達意であった。

 

「今在るを認め」。

「今、ここに」にすべての答えがあるのだろう。

今に生きる、これは私のテーマでもあった。

また、氏の生国が熊本小国町であったことも、大きな結縁を感じずにはいられなかった。

「小国寡民」は、まほろばの社是、これが波多野氏に直結していたとは。

何か天機天意に触れたその日の出会いであった。

またの再会と北海道での講演あらんことを。

しょうゆ味噌メシ

9月 12th, 2017

帰ってみると、

誰も居ない。

オカズモない。

時間もない。

あるは、炊き立てのご飯だけ。

えぇ、面倒だ!!

へうげ味噌と新醤(あらびしお)を載せるだけの

ぶっかけメシだ!

 

 

 

おぉ!こりゃ、旨いぞ、うまいぞ、何にも要らぬ。

何もない方が、みんなうまい!

こんなに、米も、みそも、醤油も、

旨いものだったか!

シンプルにしてこそ、その真味に、感動!!!

日本人、万歳!!

みなさん、お試しあれ!!!!!

人生において最も大切なことは、「情緒」

9月 12th, 2017

9月8日付けの北海道新聞朝刊に掲載されたものです。

 

1,「福島の奇跡、奇跡の福島」…
3.11後の福島。その農産物とどう向き合うべきか、そしてその実態は?

2,「吾は汝を引き、汝は吾を選る」…中国七弦琴と人との出会い。それは人類と我との深き絆であった。

3,「日本のちちのみ、日本のたらちね」…四季織りなす日本の気候、そこには遥か遠方からの恩恵が。

4,「唐紅のはな、白菊のはな」…龍馬を暗殺したと言われる佐々木只三郎。その恩讐の彼方にあるものとは。

5,「蹶て汝し、國の防人」…北方領土は、何と1500年前から先人が守っていたのだ。

6,「母の諌死、師の警策」…昭和の傑物、田中清玄の核には、諌死した母の魂と師の警策が…。

7,「明朝体と宋朝体」 …明朝の陰に隠れた宋朝こそ、次代を担う気脈ある書体であった。

8,「江差追分とグレート・ジャーニー」 …江差追分は、世界中を流浪したモンゴロイドの郷愁歌。

9,「うーさんと衣道」 …「うさと」が創る東南アジアからの伝統着が、世界にローカリズムを発信する。

10,「ある閨秀画家と佛画」 …稀代の画家・上村松園の真の姿は、崇高な佛画師であった。

11,「庭と天の刻印」 …龍安寺の石庭の謎を解きほぐすと、そこには自己の真相が…。

12,「国菌と国造り」 …日本の醸造発酵の元こそ黄麹菌。これぞ日本人の心の核であった。

13,「『奇跡の生還』と『真実の自己』」…臨死体験で出会う絶対愛と、佛教の目差す悟境は同じであった。

14,「『へうげ味噌』『へうげ醤』由来記」…素人発想が、伝統の枠を突破し、未来を繋ぐ鍵となる。

15,「ユク河のナカレ、行く人のはるか」…長明が、方丈から如来の大方丈へ往くの記。

16,「老いの処し方、事の去り方」…良寛と堀文子画伯と、ある茶道の女流師匠の物語。

17,「祖の地、祖の心」…中国・連雲港で出会った孔子と徐福の子孫。その交流と行く末は。

18,「無我の画、無私の詩」…シャガールのリアリティーと無我の境地は、古今に通底する。

19,「数霊と和美」…黄金比と白銀比の宇宙の原理を両方兼備しているのは日本人である。

20、「アリランと倭し美し」…日本人と韓国人は、同じ遺伝子と異なる遺伝子の兄弟である。故に…。

21,「発酵革命、醸造維新」…FT四大革命は、国家再建・地球再生のイノチの大改革だ。

22,「故郷忘じ難く、同胞睦み易し」…日中韓の和平は、自虐自尊史観を超えるところから始まる。

23,「散華の海、帰郷の山」…大貫妙子さんの父、健一郎氏は元特攻隊員。その凄まじき体験と生き様とは…。

24,「美しき日本、日本の美しさ 其の壱」…ザビエルを始め、江戸から明治にかけ来日した外国人の日本への評価とは。

25,「美しき日本、日本の美しさ 其の弐」…廃仏毀釈のさなか、外国人フェノロサが貢献した文化保護とは。

26,「美しき日本、日本の美しさ 其の参」…一国で一大文明を遂げた日本の特異性と偉大性。

27,「美しき日本、日本の美しさ 其の四」…「国民皆農」「帰郷運動」こそ、国家再建の道である。

28,「麻、そして墨」…300年ぶりに麻墨を復刻。
麻の生活文化復活の嚆矢ならんことを。

29,「今、ここに」…利休は隠れ切支丹であったのか?それは東西和合の先駆けでもあった。

30,「水とは医学(霊水に込められた哲学をひもとく)」…知る人ぞ知る浄活水器の銘品、「まほろばエリクサーⅡ」を生み出した自然哲学とその神秘を、当代随一の自然医学の総帥、森下敬一会長と、環境医療評論家・船瀬俊介氏との鼎談で解き明かす。多方面にわたる話題は、興味が尽きない。