一週間の日を開けて、二度ほど、少しの時間、伺わせて頂いたばかりです。
「かえってご迷惑になりませんように」と願いつつ、猫の手にも及ばない子猫のようなおつとめになりましたが、お二人の先輩ボランティアさんにもお目にかかれて、農園への敬意と感謝の思いに満ちたひとときを授けて頂きました。
初めての日には、よく頂いている二つの菜っ葉、小松菜の収穫と青梗菜(チンゲンサイ)の草取りを、二度目の日には、これも好きな韮(ニラ)の移植の為の掘り起しをしました。
小松菜は、土の上の部分から水平に切るようにして箱に収穫し、場所を移して改めてふた葉や余分な葉を取リ除き、身支度を整えます。虫食いの穴が多少ある葉も、何かもったいない気持ちがして「これくらいなら虫さんと共食かな」と大凡(おおよそ)そのままにしてみたのですが、ご指導を頂いて、途中からかなり省いてみました。けれども、もったいなさとの兼ね合いが難しく、株によってムラが出てしまった気がしています(ごめんなさい)。
作業が終わった後、取り除いた葉は再び畑に鋤き込まれるとお聞きして、「そうだったのか」とほっとしていました。
青梗菜の草取りは、空気が通るように周りの草を取り除く作業だったのですが、同じくらいの背丈の草ムラの中の主役を見分けるのが、徐々に近視眼的になってしまうのか、時間が経つほどに困難になるような気がして、時々立ち上がっては腰伸ばしをして、全体を見るようにしました。すると今度は青梗菜がちゃんと見えます。
この繰り返しを何度もしました。
韮の掘り起しでは、初めて韮の根を目にしました。
見るからにしっかりしていて、生き物の足のようでもあり「何て丈夫そうな根なんだろう」と思いました。
子どもの頃、病み上がりの食事には大抵、お粥と白身魚のお煮付けを、それに「何か食べたいもの」と訊かれてよく「にらの卵とじ」と答えていました。
韮の消化を按じつつ作ってくれていた半熟に綴じた美味しそうな卵とじが、黙々と取り組んでいた作業の途中に邪念のように浮かんできて、「いけない、いけない」と思いつつ、内心笑ってしまいました。でも、あの根を目にして「きっと病み上がりに強い生命力を頂いていたに違いない」と、しみじみ合点が行くような思いがしました。
この日はよいお天気で、作業の終盤には草臥(くたび)れ気味の茹でダコが一匹、畑の上に出来上がっていました。
こうした夫々の日、畑の中で膝を折り、土にひざまずきながら、人が大人へと成長するに連れ、少しずつ背が伸びて、いつの間にか子どもの頃より随分、目線が地面から離れてしまうこと。
それに伴うように、見えるようになる何物かのかわりに、見えなくなってしまう「まなざし」のことが静かに想われていました。
作朝、『天地有情』という言葉に触れました。
「天地とは人間も含んだこの世界のこと、有情とは生きもののことです。つまりこの世は生きもので満たされているという意味です」と、田んぼのお話をされていた著者の方は、意味深い言葉を此処ではこう語られていました。
この言葉を目にして「ああ。誠にあの場所は、天地有情の農園であった」と、静かに思われました。
畑の上には、無数の甲虫類たちが生き生きと闊歩し、土の中には大小のミミズが収穫するほどに生きていました。天に地に、沢山の生きものたちの気配に満ちている「まほろば農園」です。
今は、お店で出合う一つひとつのお品の背景に居られる、数々の田畑とお百姓さまの姿が、以前より一層、心に映ることを感じて「ありがたさ」を深める日々です。
感謝の内に 土井 茂子
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