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まほろばだより−トピックス−
 
 
 


 嗚呼 海よ 
 
  人はいったい何れほどを  
 
  彼方に許容してくださいと謂うのでしょう。

 


 数年来のことです。

日本列島に桜の季節が近づく頃になると決まって、
ひと月もふた月もの間、繰り返し聞く曲があります。


それは2002年のNHK連続テレビ小説の挿入歌で母より譲られたものでした。この曲を、昨春は感謝の思いを込めて、
そして今年は ―この国のかたち―を憶い、聴いています。


 


桜  景           

   歌:森公美子  

 春の兆し スピカ     胸に 突き刺さる  
 いつから やさしさを   忘れたのでしょう  
 花 さくら やまと    夢のまほろば   
 
清く たおやかに     けがれ知らず  
 それが あなたの故郷   わたしの国

 夏の名残 デネブ     空に わすれもの  
 恥じらい つつましさ   人のゆかしさ  
 花 さくら やまと    夢のあとさき  
 豊かになるほど      なぜ むなしい  
 まだ間に合う 今なら   我が古里  

 秋のゆらぎ 北斗     変わらないものは  
 迷わぬ慈しみ       肌理こまやかさ  
 花 さくら やまと    もののあはれよ  
 はかなき命を       惜しむ 情け  
 忘れかけた あの日に    さあ帰ろう  

 冬の和み リゲル      心あたためる   
 歴史を超えてゆく     折り目正しさ  
 花 さくら やまと    永遠のまなざし  
 愛しあう限り       滅びは しない  
 それが あなたの故郷    わたしの国

 





ときは五月。
数年前に出合った然る古伝書に纏わる書中にて、五月の名の由来に「サツサ帯を巻く月である故にサツキ」と記されていたことが、以来心に留まっていました。
その古伝書には、年中行事としての一月一日、三月三日、五月五日、七月七日、九月九日についての記述があり、「菖蒲に粽」の五月五日には

 
 
菖蒲葺
(ふ)く  サツサは岩田(ゐわた)

    
(の)は五月五(ゐゐ日  水底に伏す
   
 
の情なさけ)   これ神形かみかたち)       
    

              (一紋)
 

 
 と、名の所以となる「サツサ腹帯」のことが記されていました。
また、この腹帯の詳細が十六紋の中心主題として後述されていました。  

 鳥居 礼 著『言霊(ことだま)ーホツマ』『神代の風儀(かみよのてぶり)』には、<ホツマツタエ>といわれる古伝書の中心思想に日本固有の陰陽思想イモ、ヲセをもとにした「伊勢の道」があり、その伊勢の道に関わる腹帯と、腹帯の原理が四十八神の言霊に密接な関係があるとして、原文と共に詳しく述べられています。


******************************
 





 


玉杵尊の 教ゑの帯は
      
身々の衣に 品弁
(わきま)えて   

国治む 帯は岩身の   

固めなり 



男は下合わせ   

女は上ぞ 孕みの帯は   

葛城山の 世嗣社に   

御胤祈る ときに天より   

丹鳳の  一羽落つれば   

天つ宣  これ息吹山の   

なる紅葉 化けて葛城

鳳山  羽裂き見れば   

二十四筋  数備われど   

常あらず  諸鳥見れば   

十五に裂け




日高見に鶴   

奉る  羽裂き見れば   

二十四なり 故諸羽を   

撚り直し 雄鶴を経に   

雌を緯に 羽毛(けふ)の細布   

織り以つて 四十八備わる   

御腹帯  母御 伊奘冉尊
(いざなみ)   

長孕み  九十六月して   

産み給ふ  天照神ぞ   

ハタレ魔の  障れど帯に   

整ひて  四十八備わる   

その例し  照れば姫君   

障らねど  息吸
(いきす)日立と   

なる帯ぞ         
        

       (十六紋三十一頁)

 

「豊受大神玉杵尊(とよけのかみ たまきねのみこと)の御教えの帯は、
君臣民それぞれの位や性質に合わせ、
国の政事(まつりごと)を行い国を治めるための神器であり、
身を岩のように固め守るものです。   
・・・ ある日、日高見に鶴が献上されてきました。   

  その鶴の羽を葛城山に運ばせ裂いてみると、
またもや二十四筋になったのです。
そこで諸羽を撚りなおし、雄鶴を縦糸に、
雌の鶴を横糸にして羽毛
(けふ)の細布を織ったのでした。   
 雌雄、陰陽の二十四筋が重なり、四十八の神力が備わったのでした。
これを御腹帯としました。   

 
 伊奘冉尊は九十六月もの長孕みで、天照大神をお産みになりました。   
ハタレ魔が御種を狙い災いを及ぼそうとしましたが、   
岩田帯によって四十八の神力が備わり、
御種が守られて無事でした。   
その故事をもって姫君も御腹帯をなされば、
たとえハタレ魔が狙おうとも、   
呼吸日立ちとなる固めの腹帯がございますのでご安心です。」

  原文に書かれている
「四十八
(よそや)備わる」とは、四十八の言霊の力により身心が整うという意味です。 これと全く同じことが、国生みのときに行われました。
イザナキとイザナミの二神は、男神が上二十四音を女神が下二十四音を、合わせて四十八音の「アワ歌を」民を導くために歌われたのです。



 


昔 豊受大神の   

曰ふは  天より授く   

羽毛
(けふ)の帯  天の則りて   

父の丈  比ぶる帯に   

母の息  日立ちとなるは   

抱くなり 天より抱き   

地に編みて  連なり育つ   

子の例し  父の恵みは   

頂く天
(あ)  母の慈し   

乗する埴
(はに)  天照大神も   

忘れじと 糸   二十四筋   

撚り合わせ   陰陽羽二重の   

御衣となす  この御衣召して   

朝毎に  天地祀り   

両親
(たらちね)に 仕ふ御心     

       
  (十六紋三十三頁)



姫は諸女の
  
孕む時 息吸
(いきす)慎み   

教えます 病めるは薬   

これを受く 香取と鹿島   

息栖宮 賜ふ日立ちの   

帯の名も 五臓
(ゐわた)帯とぞ    

       (十六紋四十二頁)



 (『言霊(ことだま)―ホツマ』
   鳥居礼著 たま出版)  



 「 昔、豊受大神が天神の啓示により授かりし羽毛(けふ)の帯は、 天に則り、父の丈を帯の丈に比し、母の息が日を追って整うよう、日立ちとなるように抱きます。   

 天
(あ)である父が抱き、地(わ)である母が息を整え、天地、父母がひとつになって神力を顕わし、人(や)である子が連なり育つのです。
これが天地人
(アワヤ)の教えなのです。   
父の恵みは天から頂き、母の慈しみは地より受ける。 父母天地の心を織りなすのが、腹帯なのです。   

 

 

   天照大神もまた、この父母の恵みと豊受大神の教えを忘れぬようにと、二十四筋の糸を撚り合わせ、縦横に織りなし、「アワ歌」と同じ四十八筋の陰陽(めを)羽二重の御衣をつくり、この羽二重を着て朝ごとに、天地(あわ)の神々を祀り、両親(たらちね)に仕える気持ちを忘れませんでした。   

姫君は、諸女が妊娠したときに、呼吸のことや慎みのことなど教えになり、病いがあれば薬を与えられたのでした。   
香取宮、鹿島宮、息栖宮にそれぞれ日立の帯が日高見の宮中より贈られ、帯の名も岩田帯と讃えられました。」 

(『言霊(ことだま)―ホツマ』 鳥居礼著 たま出版)  

  ++++++++++++++++++++++++++++++
 
 同氏の著わされた『ホツマの宇宙観』の巻頭と最終章の終わりには、このような言葉が記されています。


++++++++++++++++++++++++++++++


はじめに:

「近代科学では、宇宙を果てしなく無限で物質のみの空間として考えます。  
無限の宇宙という考え方は、とても寂しく冷たい死の世界のような印象すら与えます。     

 ところが、日本を含む古代の人々は、宇宙を有限で、母親の慈愛に満ちた、とても居心地のよい胎内空間として考えていたのです。
胎内は物質だけでなく、母性愛という温かい情緒性に満ちあふれています。  
安らぎに満ちて温かい感じの宇宙がそこあったわけです。     

  もし人々がみな、自分たちを取り巻く宇宙空間を、母親の慈愛たっぷりの母胎として認識したとしたらどうでしょう。
この地上での生活そのものも、より母性愛に満ちた心温かいものになって行くのではないでしょうか。  

  その逆に、宇宙は無限で果てしなく、物質のみで出来ている空間であると考えたらどうでしょう。  
この地上での暮らしも、より物質的で冷たく寂しいものになって行くはずです。

 これより『ホツマツタエ』という日本の古伝承を多く載せている文献をもとに、日本と世界の古代の宇宙観を探って行くことにしましょう。古代宇宙観には、その根底に三つの要素「円」「柱」「螺旋」がありました。  
  それらは、宇宙の空間、運動、交流を象徴するもので、地上での宇宙表現に用いられます。宇宙を地上に「見立てる」ときに、もっとも重要となる要素です。    

  この三要素の他に、古代宇宙観の中で注目すべきものに、「壷の宇宙観」があります。万物を生み出す宇宙大の子宮としての壷、地上の祭祀拠点としての地上の壷、人体の重要な場所を示す人体の壷、それらは互いに対応していて、「大宇宙」「中宇宙」「小宇宙」という相似的な関係にあります。  
 古代祭祀の中で壷が大事にされることは、このことと深く関わっているのです。  

  これらのことを踏まえ、本書は「言霊の宇宙観」「高天の原の宇宙観」「天の御柱の宇宙観」「母胎の宇宙観」「常世の国の地上観」という五章に分け、古代の宇宙観を考察しました。『古事記』『日本書紀』に宇宙観を示す記述が殆どないために、今まで日本は宇宙観を持たない国と思われてきました。
ところがそれ以前の伝承を伝える『ホツマツタエ』には、驚くべき宇宙観が書かれているのです。それを見れば、日本が世界一豊富な宇宙観を持つ国だったことがわかるはずです。  

  本書によって、文明の源流にある古代の宇宙観を明らかにし、精神と物質が調和した新文明創造の一助となれば幸いです。」







最終章より:
 
「原初において世界的な楽園だった常世の国は、その後どうなったのでしょうか。
記紀には第十一代垂仁天皇の時代にタジマモリが常世の国に
「ときじくの香久の実」を求めに旅立ったことが書かれています。
しかし記紀からは常世の国の実体がつかめないために、それは不老不死の理想郷であるとか、新羅の国であるとも考えられてしまっています。
しかし、『ホツマツタエ』には、タジマモリの旅の経緯が詳しく記されているのです。  


―この貴重な伝承によって、垂仁天皇の時代の一世紀ごろまでは、常世の国の風儀が、東北日高見の地にいまだ残されていたことがわかります。    

  タジマモリの旅立った常世の国とは、けっして架空の理想郷などでなく極めて現実的な、日本の、それも古代東北の地だったのでした。
世界的な楽園だった常世の国は、日本の東の方に残されていたのです。
また、関東はそれに準ずるところだったのでしょう。
日本民族の記憶は、日本の東方にこそあるのです。  

 『常陸国風土記』には、常世の国というのは、この常陸の国のことであろうかとしています。
常陸の国は現在の茨城県にあたりますが、県北端に隣接する福島県東白川郡塙町周辺は、以前、常世郷だったことが平安時代の『和名類聚抄』 に載っており、現在でも「常世中野・常世北野」という地名が残っています。

また福島県耶麻郡塩川町にも「常世」という地名が残り、縄文早期の遺跡があります。これらは、古代東北が常世の国であったという『ホツマ』の記述の有力な手掛かりになるでしょう。



 



 

(みことのり)

「香久を求めに    

   タジマモリ  

 常世に行けよ     わが思ふ  

  クニトコタチの    御世の花 」           

             (三十七紋二十頁)



垂仁天皇は、クニトコタチが創られた、地上の楽園常世の国のすばらしさを、ご自身の御世に復興されようとしたのです。イザナキ・イザナミは、国勢が衰えたときに諸国を巡りました。日本では、常世の国は政(まつりごと)の原点だったのであり、原初に立ち返ることがもっとも尊ばれ、それが日本のみならず世界共通の楽園である常世の国だったのです。    

 楽園回帰とは『ホツマ』の常世の国の伝承が物語るように、民族の始祖が始めた美しい国に、この世の祭政を近づけようとする積極的で健全な求めに基づくものであり、それは民族共通の、古を慕い先祖を慕って一体となることこそ宇宙の神々と結ばれる最良の方法であるという認識に裏付けられているのです。  

  そのような意味において、古代の人々にとっての楽園回帰と宇宙回帰とは、まったく同質のものであったと思われます。   


  これらの積極的な生への楽園回帰は、みな東方を目指していました。そして、すでに述べましたように、極東日本は大陸の母胎内に位置していました。したがって、東方への楽園回帰とは母胎回帰性をふくんでいたわけです。これにより、楽園回帰・母胎回帰・宇宙回帰が、まったく同質のものであったことがわかるでしょう。   

  今まさに、「近代」の終焉という世界的な潮流の中で、わが日本は極東アジアの地上母胎の胞衣(えな)の中に腹籠り、新生の胎児として生まれ出る日を待っています。世界は、忘れかけた宇宙、自然との交流を求め、また本来の国のありかたを求め、世界の楽園「常世の国」へ続く道をゆっくりと歩みはじめているようです。   

  今こそ日本人は、その血脈に流れる太古よりの記憶を甦らせ、宇宙と地上世界の架け橋にならなくてはなりません。新時代・新文明の「胎動」は、日出づる東の方日本よりすでに開始されているのです。

 

(『ホツマの宇宙観』 鳥居礼著 新泉社)


  『海よ、僕らの使ふ文字では、お前の中に母がいる。  
  
   そして母よ、 仏蘭西人の言葉では、

   あなたの中に海がある。』 

      
          三好達治「郷愁」
                
                  
********************************
             

汚と名付けられ、放たれし水。  
その氣は国を穢土と為すのでしょうか。  

今世のおごり  
成れの果て。  

それさえも、取るに足りない愚かさと、  
彼方はその渦に清濁を併せ呑み、  
天然自然の力をもってその名の如く、  
太平を懐になお、洋々としておられるのでしょう哉。

わたしたちに求められている復興とは
今、何を意味するのでしょう。  

常世の国を最後まで留めていたという東方の国、日本の東北。  
磐城・岩代・陸前・陸中・陸奥 五カ国の古称である「陸奥」とは、  
道の奥(奥義)を捧げられたことによる名であり、
道の奥多賀は、日本の心そのものでありましょう―とも、
「高天の原の宇宙観」にはあります。  

その地を染めし桜も愈々、
五月には東の果てへと日本を染め抜きます。




 アイヌモシリの五月は一斉の春。  
聖母月との云われもある五月に、
―父母天地の心を織りなす ―
という帯の名の所以を懐い、
やまとの国の内なる岩戸開きを念う、
今年の五月です。

*****************            土 井 茂 子


※ カトリックでは5月は聖母月とされるのだそうです


 
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