焦れば焦るほど、深入りせざるを得なかった。私は商売向きではなかったし、正直嫌であった。その心の葛藤も十年ほど続いただろうか。しかし、生活のためか、商売に慣らされた自分は何時しか、店主として他に移れないのっぴきならない立場を自分で作ってしまった。
それが、後々振り返れば、良かったのかもしれない。それまで観念的な生活と経験しか無かった自分に、大きなグランデイングの場を与えてくれた。いわば、全くの世間知らずが、世間というものに開眼したのだった。人の世の人情機微も知らずに育った私にとって、自然食品店という商売を通して社会の窓を開けてくれたのは、天の恩恵だった。それは、幸運の何物でもなかった。
家内と二人で身を粉にして死に物狂いで働いた十年。それからは、多くの有能で誠実な粒揃いのスタッフに恵まれて、それからさらなる十年の年月は観念と物質が次第に妙合して行く不思議な時が流れた。これからは、さらに熟成されて、その色が一層濃くなってゆくのを感じるのだ。そんな中でエリクサーが生まれ、農産物が生まれ、さまざまな商品という形が、理想的観念を地上に投影されながら次々と生まれていった。
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