1.「25年のあとさき」 ・・・まほろば主人 宮下 周平 2.「25周年、おめでとう!!」 ・・・共働学舎代表 宮島 望 3.「まほろば創立25周年に寄せて」・・・専務取締役 宮下 洋子
4.「人生を決めた20年前の0-リングテスト」 ・・・常務取締役 本店 店長 大橋 和則
5.「美しい自然に蘇る25年後」・・・常務取締役 編集長 島田 浩
6.「リニューアルした厚別店にぜひお越しください」 ・・・厚別店 店長 渡辺 匠
それは、最終というゴールがなく、
兎に角、限り無しなのだ。
ハートが大器とするならば、
愛は限りない。
「大愛は成る無し」とは真理であろう。
ちなみに、大器を自然と置き換えてみたらどうか。
春夏秋冬、巡り巡ってついに成る時はない。
成る如くして、次にまた移る。
そして再び戻る。
が、一刻として同じ場にいない。
つまり、器を定めたら、そこで終る。
それは死を意味する。
イノチは無限運動しているのだ。
無を不に置き換える。
即ち、成らず。
器に成らない、とさせたら、
イメージするのは何であろう。
水である。
水は器を選ばない。
方円の器に従うとある。
つまり四角でも丸でも
相手を選ばないのだ。
どんな人、
どんな物でも自在に応じる。
どんな時でも
どんな場所でも受け入れる。
相手に従い、己を虚しくする。
すると、自由な回転運動が起こる。
何処にも転び、
何時でも巡る。
これは、正に「大器無成」を予測させる。
水の大器で在る如く、また
心も大器で在る。
水の如く相手に従い、 ある時は氷り、
ある時は蒸発し、
ある時は流れ、
その時々を謳歌する。
これぞ、人生の醍醐味と知る。
大器は器ならずして器を成し、
成るが如くして、成らず。
成らざるが如くして成り。
その態、一定ならず。
まほろばもまた、
かくあるべきとするか。
四半世紀は春過ぎて夏を迎える如く、 青少過ぎ、中高を追うが如く、
未だ至らずと成す。
正にこれから壮々たらんと言うべし。
正に、大器無成を目指して、
無限の彼方を目指したし。
この世にて形大なるを望まず、
志大なるも歓ばず。
今の今あるを受け入れ、
明日の明日生きられるを歓ぶ。
まほろばは無形にして有形。
有名にして無名。
有無を越え、虚実を超え、
ただ自然の行くに任せて往くのみ。 ・・・・・・・・・・
25年目の朝を、お蔭様を持ちまして
無事迎えることが出来ました。
思い起こせば走馬灯のように、
一年一年のシーンが甦ります。
しかし、上記の言葉のように、何時いかなる時も
思いをそこに留めず、無限の彼方を目指して
まほろばは、走り続けます。
きっと大きくなることはないでしょう。
しかし、内に実を持ちたいものです。
きっと何も遺すことはないでしょう。
しかし、みなさまとの一瞬の出逢いがあったことを
永遠にまほろばの記憶に刻み付けます。
悠久な時の流れの中で、雄大な地平のこなたで、
あなたと会えましたことは奇跡です。
この奇跡の集合、連続、
それがまほろばです。
まほろばの実体は何もありません。
ただその空間と時間をご提供しているだけなのです。
これからも、大器無成。
固まらず、滞らず、沈まず。
まほろばの無限の回転の輪の中に
飛び込んで来て下さい。
きっと、あなたの人生は楽しくなるはず。
豊かになるはず。
無限に光り輝くはずです。
どうぞ、まほろばの無窮運動の遊びの中にお入り下さい。
25年間ありがとうございました。
一瞬でした。
これからの25年もよろしくお付き合いくださいませ。
すぐです。
ありがとうございます。
まほろば主人 宮下 周平 2009/07/03 記す